街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 09月 11日 ( 1 )

ロシアの動物園のホッキョクグマ飼育ガイドラインよりの考察 ~ (1) 繁殖 - 「三年サイクル」を採用へ

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シモーナ (Белая медведица Симона/Eisbärin Simona)
(2014年9月20日撮影 於 モスクワ動物園) *イワン(旭川)の母、ラダゴル(カイ - 仙台)、ピョートル(ロッシー - 静岡)の姉

以前にアメリカ動物園・水族館協会 (AZA - Association of Zoos and Aquariums) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」(pdf) の内容について数回にわたって考察を試みたことがありました。そこで今度はロシアで昨年2016年に新しく作成・採択された「ホッキョクグマ飼育ガイドライン ("МЕТОДИЧЕСКИЕ РЕКОМЕНДАЦИИ по содержанию белых медведей в условиях зоопарков России")」(pdf) の内容の一部を御紹介しつつ、問題点を考えていきたいと思います。
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ウスラーダ (Белая медведица Услада/Eisbärin Uslada)
(2014年5月3日撮影 於 レニングラード動物園)*シモーナ(モスクワ)、ラダゴル(カイ - 仙台)、ピョートル(ロッシー - 静岡)の母
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ウスラーダと娘のザバーヴァ(Белая медведица Услада и медвежонок Забава)(2014年5月3日撮影 於レニングラード動物園)

昨年2016年の12月にモスクワ動物園が主導しロスネフチ社がスポンサーとなりロシア科学アカデミーが主催者となったホッキョクグマ飼育に関する会議がモスクワで開催されました。ホッキョクグマを飼育しているロシアの動物園の担当者が一堂に会し「動物園におけるホッキョクグマ飼育と繁殖 ("Белый медведь в зоопарках: содержание и разведение")」という議題で会議が行われました。これについては以前にもご紹介したことがありましたが、その内容についてはごく簡単に報じられてはいましたが、個別的・具体的な内容が報じられたことはありません。ただしかし、この会議においてロシアの動物園におけるホッキョクグマ飼育のガイドラインというものがロシア科学アカデミーによって示され、後日に各動物園に配布となったようです。その内容について考えてみたいというわけです。ロシアの動物園に行かれた方はご存知かと思いますが、スペックと環境面においてロシア(と日本)の動物園は欧米の動物園と比較すれば見劣りがするわけで、そういった事実をどうこのガイドラインに反映していくかということもポイントのように思われます。まず今回は繁殖についてです。
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ムルマ (Белая медведица Мурма/Eisbärin Murma)
(2017年7月25日撮影 於 モスクワ動物園) *豪太(男鹿)の母

実はこのガイドラインの繁殖に関する記述はそう膨大なものではなく、付加的な推奨点として第五章の "Дополнительные рекомендации" として述べられています。何故繁殖のような重要項目の記述が簡素なのかといえば、それは各論に深く入っていくことを避けてケースバイケースでの対応の余地を残し各担当者が今まで行ってきたことを尊重しようという意図からではないかと思います。内容は非常に総論的です。重要な点、そして目新しい点をまとめておきます。

・「最重要視されるべきものは血統であり、ペアを形成させる際には双方の血統が近くではいけない。また、次世代の子孫の組み合わせも考慮して決められるべきである。」
これはまあ当たり前のことですが、次世代の組み合わせについても触れている点が目新しいことです。ペアの間に全くの血統的な繋がりがなくても次の世代も血統的な繋がりのないペアが形成できるように配慮を行うという点も当然のことです。ガイドラインには「血統の近さ」を示す基準の具体的な記述はありませんが、たとえばモスクワ動物園では同じ血統グループに属するペアの場合は5親等以上離す(つまり4親等である従兄妹 - いとこ - はペアにしない)という方針を従来から事実上採用しています。つまり、デア/イコロの子供とミルク/キロルの子供はペアにしないというわけです。

・「ペアを形成させて繁殖を試みる間に組織サンプルをロシア科学アカデミーに送って遺伝子解析を行うこととする。その結果の情報は関係者の間で共有することとなる。」
これはかなり有益なことのように思います。ロシアの動物園のホッキョクグマたちの一部には血統登録情報と実際の血統が一致していないと考えられる個体もいるからです。特にノヴォシビルスク動物園のゲルダについては彼女の本当の母親はシモーナなのかムルマなのかを解明してほしいと思います。現在ノヴォシビルスク動物園ではカイ(クラーシン)とゲルダとの間の繁殖が進められているわけですが、ひょっとしたらこのガイドラインの項目によってすでにゲルダの本当の母親が解明されている可能性があります、つまりゲルダの本当の母親は血統情報のシモーナではなく実はムルマであることが判明したためにこのペアが今回も繁殖を継続しているのかもしれません。そのあたりは何とも言えません。
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ゲルダ (Белая медведица Герда/Eisbärin Gerda)
(2014年9月12日撮影 於ノヴォシビルスク動物園)*シルカ(大阪)の母
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ゲルダと娘のシルカ (Белая медведица Герда и медвежонок Шилка) (2014年9月13日撮影 於 ノヴォシビルスク動物園)

・「誕生した個体は少なくとも18ヵ月間は母親と同居させることが必要である。」
これはこのガイドラインの繁殖に関する記述の中で最も私の関心を引いた項目です。「少なくとも18ヶ月」ということになりますと、通常は11~12月に誕生した赤ちゃんは翌々年の5~6月までは必ず母親と一緒に暮らすことを意味します。つまりこれは、「二年サイクル」の繁殖は非常に難しくなるということです。要するにロシアの動物園は今後は欧米のように「三年サイクル」での繁殖を採用することを意味するわけです。ノヴォシビルスク動物園の故シロ園長の見解であったホッキョクグマ繁殖は「二年サイクル」で行うべきという考え方をロシア科学アカデミーは完全に否定したことになります。2017年3月のロスチクのゲルダからの引き離しは今回のガイドラインの策定と配布に間に合わなかったということになるでしょう。非常に可哀想な気がします。

(資料)
АНО «Общество сохранения и изучения дикой природы» (Dec. 2016 - Конференция "Белый медведь в зоопарках: содержание и разведение")
"МЕТОДИЧЕСКИЕ РЕКОМЕНДАЦИИ по содержанию белых медведей в условиях зоопарков России" (2016)

(過去関連投稿)
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(6) ~ Courtship Behavior の位置付け
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(7) ~ 産室内の母親は室内に留め置くべきか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(9) ~ 同居を許容しうる雌雄の頭数構成
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(10) ~ 出産に備えた雌の「隔離」とは?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(12) ~ 二個体の同居準備はどうするか
by polarbearmaniac | 2017-09-11 06:00 | Polarbearology

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