街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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2017年 10月 04日 ( 1 )

上野のイコロ、釧路のキロルの繁殖能力に漂う大きな暗雲

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イコロ (Eisbär Ikor/Белый медведь Икор)
(2015年9月11日撮影 於 恩賜上野動物園)
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キロル (Eisbär Kiroru/Белый медведь Кирору)
(2013年3月16日撮影 於 浜松市動物園)

8月下旬に北海道大学で開催された市民公開講座における「科学する動物園ー大学と動物園の連携が開く未来ー」の講演録が公開されました。その第二部の「北海道大学獣医部及び円山動物園による報告」において北海道大学獣医学部の繁殖学教室の助教授である柳川先生が興味深い報告を行っています。講演録(pdf) の p34 あたりからを御参照下さい。そこで柳川先生はホッキョクグマに対してカテーテル法による精液採取について、それを行った例、そしてその結果について述べていますのでまとめます。

・デナリは活発に動いている精子が80%という、もの凄さであった。

・イコロが帯広から上野へ移動するとき、そしてキロルが浜松から釧路に移動するときに同様の方法でそれぞれから精液を採取したが、点が打てるような精子数しかとれなかった。


という二点です。イコロが帯広から上野に移動したのは2015年4月つまり彼が6歳半の時であり、キロルが浜松から釧路に移動したのは2016年4月つまり彼が7歳半の時でした。これに関して柳川先生は「ホッキョクグマの性成熟は6、7歳くらいでは未成熟」と述べ、さらに続けて「年齢に伴って精子数が増えていく可能性もあるのかなと思いますので...」と述べています。

さて、ここで復習しておきましょう。2015年に発表された “Reproductive trends of captive polar bears in North American zoos: a historical analysis” という調査研究報告からのデータを以前に御紹介しています。これは血統登録台帳の1912年から2010年までの約100年間の北米の動物園で飼育されていたホッキョクグマの456回の出産によって誕生(そして成育)した697頭の個体についての集積データです(詳細については過去関連投稿を御参照下さい)。このデータが示す内容は柳川先生の語る内容とは異なっていることを示しているように思われます。
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(出典)"Reproductive trends of captive polar bears in North American zoos: a historical analysis" (Figure 2 - Age distribution of dams and sires at time of litter birth.)

このデータを見ますと雄(オス - Sire) の6~7歳というのは性的に未成熟であるといった柳川先生のような評価は到底できないことを示しているように思われます。最近の例を拾い上げてみましょう。雄(オス)の若年個体が春に繁殖行為を行い、結果としてその年の末に雌(メス)が出産に成功したという実例を挙げ、繁殖行為の時点で雄(オス)がいったい何歳であったかを挙げてみましょう。

・カイ(クラーシン - ノヴォシビルスク動物園)5歳
・ロモノーソフ(ヤクーツク動物園)  4歳
・ヴィックス(ミュルーズ動物園)  5歳
・ラスプーチン (マリンランド)   6歳

ちなみに札幌のデナリは6歳で繁殖行為を行いその年の末にララは出産したものの食害で赤ちゃんは育ちませんでした。しかしデナリは6歳で繁殖能力が開花していたわけです。サンクトペテルブルクの故メンシコフは5歳で繁殖行為を行い、その年末にウスラーダが出産に成功しています。こういったことから考えれば、イコロやキロルから精液を採取した時点でこの二頭は精子の数が多いだけでなく活発な活動を行っていても当然な年齢だったはずなのです(特に精液採取時点で7歳半近かったキロルの年齢は雄の繫殖能力から言えば絶頂期の入口にさしかかるほどの年齢だったはずなのです)。ところがこのイコロとキロルから採取した精液に含まれていた精子の数は極めて少なかったというのが現実だったわけです。となれば、イコロとキロルの繁殖能力については非常に悲観的に考えざるを得なくなるわけです。

柳川先生は「テストステロンという男性ホルモンの濃度が高ければ精子がいっぱい作られる...」と述べていますが、ひょっとして柳川先生はそれはイコロやキロルが単独で飼育されていたために(イコロの場合はかなり後になってアイラが来園しましたが)そういった男性ホルモンの分泌がイコロやキロルは阻害されていたという解釈をとるのかもしれませんが、先生はそこまで詳しくは述べていないようです。しかし思い出してみてください、先日の天王寺動物園の発表では「通常単独生活を送るホッキョクグマは原則として雌雄別々に飼育することが望ましいとされており...」と述べており、一応はそれが日本の動物園関係者の間では多数説を形成しているようにも思えますが、実はこの見解には実際の反証例がいくつもあることを「ロシア・ペルミ動物園が間もなくミルカ(ユムカ)の出産準備体制移行へ ~ 運気を引き寄せる流れに乗る同園」という投稿で挙げておきました。上にあげた四頭(カイ/クラーシン、ロモノーソフ、ヴィックス、ラスプーチン)は全て幼年期から雌(メス)のパートナーと同居しており単独飼育とは到底言えない個体なのです。幼年期から異性の(将来の)パートナーと同居させたほうが雄(オス)におけるテストステロンという男性ホルモンの分泌にとって有利だったという解釈は成り立つ可能性は否定できないかもしれません。

今回の北海道大学での市民公開講座の講演録の内容からいえば、イコロとキロルの繁殖能力には大きな疑問を抱かせるものであると言えましょう。問題はこの二頭にテストステロンを投与すれば繁殖能力が確実なものになるのかどうかといったことでしょう。私がこの市民公開講座を聴講していたならば柳川先生に徹底的に質問していたでしょう。

(*追記)ララとデナリの子供たちは8頭もいますので、その全頭が繁殖に成功したとすれば次世代の日本のホッキョクグマたちの繫殖上の組み合わせは非常に苦しくなるわけです。ですからイコロやキロルが繁殖に貢献しなくてもそれは大した問題とはならないでしょう。つまり仮にイコロやキロルに繁殖能力がなかったとしても大勢に影響はないと言えるわけです。今回の件は日本のホッキョクグマ界全体から見ればそれほど深刻に考える必要はないだろうと思います。

(資料)
札幌・円山動物園 (Oct.4 2017 - 市民公開講座「科学する動物園ー大学と動物園の連携が開く未来ー」) (講演録 - pdf)

(過去関連投稿)
北米の過去約100年間の飼育下のホッキョクグマ出産記録が語ること ~ 再び考えるキャンディの今後
北米の過去約100年間の飼育下のホッキョクグマ出産記録が語ること(2) ~ 出産のピークは何日頃?
by polarbearmaniac | 2017-10-04 18:00 | Polarbearology

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