街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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カテゴリ:異国旅日記( 692 )

モスクワから成田に帰還 ~ 一か月間の旅を終え帰国

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モスクワのメルキュール・アルバートホテルは今回もなかなかよかった。ベッドが素晴らしく寝心地が良いのである。
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ドモジェドヴォ国際空港。私のロシア滞在ビザも今日一杯で有効期限がなくなってしまうので帰国となる。
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一か月間という長さの旅行だった。
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旅程については、ここをああしておけばよかったということが無かったわけではない。
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復路はJALのプレミアム・エコノミークラスである。国際線でこのクラスに搭乗するのは初めてである。
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プレミアム・エコノミークラスの座席はビジネスクラスと同じく肘掛のところが閉じている点である。こうなっているとカメラなどを置くことができて実に便利なのだ。
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しかも今日は臨席が空席である。これもありがたい。臨席に人がいるのといないのとは大違いなのだ。
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このプレミアム・エコノミークラスは座席番号のBは前の座席の下に荷物を入れにくいという点も注意が必要である。このクラスを利用したいと考えていらっしゃる方がいれば注意していただきたい。
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プレミアム・エコノミークラスとはいっても食事はエコノミークラスと同じである。チーフパーサーが「お食事はいかがでしたか?」と聞いてきたので「おいしかったです。」と答える。一種の儀式的なやりとりである。
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一ヶ月ぶりの日本である。ここ数年はあまり間をおかず後半戦を行っていたのだが、今年は体力的にきつそうなので熟慮中である。

(Aug.9 2017 @成田国際空港・第二到着ターミナル内レストラン)
by polarbearmaniac | 2017-08-09 10:00 | 異国旅日記

モスクワ、キタイ・ゴーラド (Китай-город) からルビャンカ (Лубянка) までを歩く

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赤の広場のある中心部よりヴァルヴァルカ通りを歩ききると、そこはキタイ・ゴーラド (Китай-город)という地区になる。文字通りに言えば「中国人街」であるが中国人とは直接の関係はない。この教会はクリシキの全聖者教会 (Храм Всех Святых На Кулишках) である。
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1687年に建てられたそうである。
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この教会の前から北西にかけてがスターラヤ広場となっている。
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その広場に沿って通りを登って行く。
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やがて見えてきたのがヨハネ福音教会 (Храм Святого Апостола Иоанна Богослова Под Вязом)。
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その教会の隣がロシア地理学協会となっている。
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そしてルビャンスカヤ広場に至る。昔はジェルジンスキー広場と呼ばれていた。
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この広場に立っている建物こそ旧KGB本部である。
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ソ連時代、とりわけスターリン時代はここでの容疑者の取り調べは過酷を極めたのである。この建物は恐怖政治の象徴として恐れられていた。
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この建物にはかつてKGB議長であったユーリ・アンドロポフ (1914~1984) の記念プレートがある。アンドロポフはブレジネフの次のソ連共産党書記長となった。
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この旧KGB本部の建物の近くにマヤコフスキー博物館 (Государственный музей В. В. Маяковского) がある。
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このマヤコフスキー博物館は以前2012年3月にご紹介しているので今回は繰り返さない。
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入り口の手前の書店はなかなか雰囲気がある。
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現在このマヤコフスキー博物館は休館中である。ソ連時代は革命詩人と呼ばれていたマヤコフスキーだが時代は大きく変わってしまった。ここが再び開館する日は果たして来るのだろうか>
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旧KGB本部の横に地下鉄ルビャンカ駅がある。
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この昔ながらの「ルビャンカ駅」の表示はなにか不気味さを感じさせる。ソ連時代を思い出させてくれる表示である。
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Nikon D5500
シグマ 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
(Aug.7 2017 @モスクワ)

(資料)
ロシアNOW (Feb.10 2014 - ルビャンカ)
by polarbearmaniac | 2017-08-08 04:00 | 異国旅日記

モスクワ、ヴァルヴァルカ通り (Улица Варва́рка) を歩く

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モスクワ中心部の赤の広場に近いところにあるヴァルヴァルカ通り (Улица Варва́рка/ul. Varvarka) は私の大のお気に入りの通りである。モスクワに滞在する時は一回はこの通りを散歩するのが私の楽しみになっている。ここはモスクワで最も古い道の一つであり、古くて小さな教会が並ぶ素朴な通りである。
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ここは3~4年前から環境の整備が行われつつある。
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クレムリン側から歩くとます最初は殉教者バルバラ教会 (Храм Великомученицы Варвары) である。1804年に完成した教会のようだ。
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さらに歩く。
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これは英国館 (Old English Court/Старый Английский двор) である。
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その周囲は整備中のようだ。
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次はマクシム教会 (Церковь Максима Блаженного) である。
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ズナメンスキー修道院 (Колокольня Знаменского монастыря) である。
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ゲオルグ教会は美しい。
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Nikon D5500
シグマ 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
(Aug.7 2017 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2017-08-08 03:30 | 異国旅日記

モスクワ、赤の広場とクレムリン周辺を歩く

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モスクワの象徴である赤の広場に立つ聖ヴァシーリー寺院(ポクロフスキー聖堂)。
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とにかく疲れてしまった。モスクワでは今まで行ったことのない場所に行こうと思ったが疲労が蓄積してしまったので、今日は定番の場所をふらふらと歩くことだけにしたい。この赤の広場あたりは今まで何度やってきたかさえ覚えていないほどの回数で訪れている。
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赤の広場は今月は戦勝記念その他のイベントの準備のために立ち入りを制限しているところが多い。
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スパスカヤ塔。
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カザンの聖母聖堂。
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グム百貨店
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そこに入るにもセキュリティチェックが導入されたようだ。
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モスクワ川とクレムリンをのぞむ風景は素晴らしい。
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Nikon D5500
シグマ 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
(Aug.7 2017 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2017-08-08 03:00 | 異国旅日記

モスクワ動物園の日曜日午後のホッキョクグマたち ~ 心に残ったわだかまり

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スネジンカさん、お元気でしょうか? まだハンガリーには移動にはなっていないようですが、ひょっとしてモスクワにこのままずっといらっしゃるのですか?
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このスネジンカは2014年11月にあのシモーナが産んだ双子のうちの雌(メス)の一頭である。私は2015年の8~10月にその成長を何日間もかけて追ったことがあった。
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彼女は当時から雪山登りが大好きだったので私は彼女に「雪ちゃん」という仮称を付けたほどだった。
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ウランゲリさん、ムルマさん、こんにちは!  この二頭はほとんどがこういった態勢で一日のほとんどを寝て暮らしている。
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このスネジンカは現在、一頭でこのモスクワ動物園のメインの飼育展示場を担っている形となっている。
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双子のもう一頭の雄(オス)のハバルは極東のハバロフスク動物園に移動し、母のシモーナはモスクワ動物園のヴォロコラムスク附属保護施設に移ってしまい、結局このメインの飼育展示場に残ったのはこの雌(メス)のスネジンカだけになってしまった。
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その彼女も欧州とモスクワの関係者からハンガリーに移動する予定であることが明らかにされて久しいのである。


日曜日夕方のスネジンカ - Omnibus scenes of Snezhinka, the two and half years old female polar bear at Moscow Zoo, on Aug.6 2017

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現在モスクワ動物園のホッキョクグマ飼育展示は世代交代の過渡期にある。
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このスネジンカにかわっておそらくヴォロコラムスク附属保護施設から雌(メス)の二歳のニカが移動してくるのではないかと考えられる。
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モスクワ動物園のホッキョクグマの飼育展示は主役たちの大きな転換時期にきた。
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ムルマさん、お元気で!
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ウランゲリさん、あなたには本当にお世話になりました。これからもお元気で!
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スネジンカさん、あなたは欧州に行くのかロシアに留まるのかについては、いろいろな事情があって私にはよくわかりませんが、いずれにせよ元気で暮らして下さい!
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このスネジンカは母親であるシモーナに非常に良く似ている。私はこのスネジンカに対してシモーナへの心からの感謝を伝えた。
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私の胸にはわだかまりが残った。
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シモーナに別れの挨拶ができないことが納得できないのである。
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このような寂しい気持ちでこのモスクワ動物園を去ることなど私には想像もできなかったし納得もできないのである。

Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
Panasonic HC-W870M
(Aug.6 2017 @モスクワ動物園)
by polarbearmaniac | 2017-08-07 05:30 | 異国旅日記

ロストフ・ナ・ドヌからモスクワへ ~ メルキュール・アルバートからモスクワ動物園へ

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ロストフ・ナ・ドヌの空港にやってきた。今日も朝から暑い。
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ロストフ・ナ・ドヌは文化と歴史の香りがする素晴らしい街である。その前に滞在したチェリャビンスクとは何から何まで正反対である。
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これからアエロフロート便にてモスクワへ向かう。
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ロストフ・ナ・ドヌには名残惜しい。何度でも来てみたい街だった。
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ドン川の流れも雄大である。このあたりはコサックの根拠地である。
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モスクワに近づく。ドモジェドヴォ空港近くの風景とシェレメーチェヴォ空港近くの風景はかなり異なる。前者は森で後者は湖といった感じだろうか。
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モスクワのシェレメーチェヴォ空港のターミナルDに到着。腫れてはいるが、さすがにロストフ・ナ・ドヌほど暑くはなく快適である。
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向かった先は最近の私の定宿になっているメルキュール・アルバート・モスクワである。
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ロストフ・ナ・ドヌでもそうだったが、メルキュールというブランドのホテルはなかなか部屋のセンスが良いのである。
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部屋の窓からの風景。
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まだ午後の二時半なのでモスクワ動物園に行くことにする。


メルキュール・アルバートホテルからモスクワ動物園へのタクシー走行 - From Mercure Arbat Moscow to Moscow Zoo by taxi (on Au.6 2017)

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さすがに日曜日である。午後の時間になってもチケット売り場は行列になっていた。
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セキュリティ・チェックはあるが建前上である。

Nikon D5500
AF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR
Panasonic HC-W870M
(Aug.6 2017 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2017-08-07 05:00 | 異国旅日記

ロストフ・ナ・ドヌにソルジェニーツィン (Александр Солженицын) の足跡を求めて

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ロストフ・ナ・ドヌにゆかりの作家といえばそれはアレクサンドル・ソルジェニーツィン (Александр Солженицын - 1918~2008) である。彼はソ連の反体制作家としてノーベル文学賞を受けたが1974年にソ連を追放され西側に移ったが、ソ連崩壊後の1994年にロシアに帰還している。私は学生の頃に彼の作品を多く読んでいる。その中でも「ガン病棟」「煉獄の中で」「収容所列島」に強く引き付けられた。とりわけ「ガン病棟」は20世紀のロシア文学の最高傑作の一つだと思っている。非常に暑い日なのだが動物園から市内に戻り、今度はソルジェニーツィンゆかりの場所を訪ねてみたい。ソルジェニーツィンは1924年から1941年までこのロストフ・ナ・ドヌに住んでいた。まずこの教会は聖母子聖堂 (Кафедральный собор во имя Рождества Пресвятой Богородицы) である。1860年に完成したものだそうである。
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その聖堂から延びている通りがソボルニ通りであるが、その26番地に彼が1927年から1936年まで学んだ第15学校がある。
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それを示すプレートがある。
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彼の父親は彼が生まれる前に亡くなり母親は再婚せずにタイピストとして懸命に生計をたてて献身的に彼を育て上げたそうである。生活は極めて苦しかったそうだ。これから彼と彼の母親が1924年から1934、つまり彼が6歳から16歳までを貧困のなかで住んだ場所を訪ねてみたい。
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ボリシャヤ・サドヴァヤ通りをひたすら西に向かう。とにかく暑い。
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ボリシャヤ・サドヴァヤ通りからハルトゥリンスキー通りに入ることにする。このハルトゥリンスキー通り (Халтуринский переулок) の48番地にその時の住居が現存しているそうである。
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さて.....困ったことになった。48番地というのは存在していないのである。46番地から56番地に番地が一気に飛んでおり、そして次に72番地、74番地と続いている。この上の写真はその72番地と74番地の建物である。48番地というのは私が朝ホテルでPCで調べた番地なのだがひょっとして間違いなのかもしれない。あるいは私がメモする際に間違えて書いてしまったかもしれない。とにかく暑くてかなわない。体力的にも限界である。私は勝手に上の写真の手前側の72番地の建物がそうではないかと考えることにした。何故なら非常の粗末な建物であり、ソルジェニーツィンと彼の母親が貧困の中で暮らしていた住居というイメージにピッタリだからである。

*後記 - さて、実は48番地は存在していたことがわかった。以下の地図を見ていただきたい。48番地はこの通りには面しておらず、そこから入ったかなり奥の場所にひっそりと存在していたのである。ホテルでちゃんと調べておかなかった私が問題であった。72番地の建物の横を入っていくと48番地に行けたらしい。
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つまり下の写真の左手前の72番地の粗末な建物の横を入って行けばよかったのである。
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さて、実はソルジェニーツィンに関する情報サイトに2007年に撮影されたこの48番地の住居の写真があることがわかった。それが下の写真である。これを見て私は事前にちゃんと調べておかなかったことを後悔した。この48番地の住居はそれほど豊かとはいえないこのエリアにあってもさらに一層、貧民の住むような実に粗末な住居である。この場所で彼の母親は乏しい収入しかなかったにもかかわらず懸命に彼を育て上げたわけである。実際に見ておきたかった。
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(C)Культурно-просветительский интернет-портал "Александр Исаевич Солженицын"

ただし市のサイトによれば、これですら現在の所有者が修理を行ったものだそうで、それよりも以前にはソルジェニーツィン親子が住んでいた時の雰囲気がそのまま保たれていたそうである。しかし修理後は変わったものになっているそうである。

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ハルトゥリンスキー通りを歩いてきた方向に戻り、そしてボリシャヤ・サドヴァヤ通りをわたってさらに歩いてみる。なかなか雰囲気のあるエリアが存在している。
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このハルトゥリンスキー通りというのは当時のソ連社会においても社会的地位の低かった人々が住んでいたエリアらしい。しかしなかなか雰囲気があって歩いていても趣きを感じる。
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ソルジェニーツィンはロストフ州立大学を卒業しこの街の中学校で教員となったが、1941年に独ソ戦が開始されたため召集された。ところが従軍中の1945年1月にスターリンを批判したとして逮捕され、モスクワのルビャンカの内部監獄に連行された。それから彼の辛酸が始まったのである。以下にソルジェニーツィンに関するドキュメンタリー作品をご紹介しておく。



Nikon D5500
AF-P DX NIKKOR 18-55mm f/3.5-5.6G VR
(Aug.5 2017@ロストフ・ナ・ドヌ)

(資料)
・«Редакция газеты «Наше время» (Jun.30 2010 - Как пройти к Солженицыну?)
・Официальный портал городской Думы и Администрации города Ростова-на-Дону (В Ростове-на-Дону обсуждается вопрос об открытии музея Александра Солженицына.)
Халтуринский переулок (Wikipedia)
・Культурно-просветительский интернет-портал "Александр Исаевич Солженицын" (Дом в Халтуринском переулке)
・Новая газета (Jan.15 2017 - В Ростове-на-Дону будет установлен памятник Александру Солженицыну)
by polarbearmaniac | 2017-08-06 05:30 | 異国旅日記

ロストフ動物園訪問二日目、36℃を示した温度計 ~ テルペイ (ヤクート)とコメタに幸あれ!

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今日もロストフ動物園にやってきた。昨日に続いて猛烈な暑さである。昨夜も昼間の暑さが抜けない、まさに熱帯夜だった。


メルキュールホテルからロストフ動物園までのタクシー走行(約15分) - From Mercure Rostov-on-Don Center Hotel to Rostov Zoo, by taxi (Aug.5 2017)

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テルペイさん、おはようございます。今日もよろしくお願いいたします!
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彼も暑い中、本当によく頑張っていると思う。


猛暑の中で歩き回るテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear walks up and down, at Rostov-on-Don Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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コメタさん、おはようございます。今日もよろしくお願いいたします。
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このコメタはバックヤードで何かもらっているようだった。
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その様子がこちらからも見えるのである。


バックヤードで動き回るコメタ - Kometa the Polar Bear, walking at inner yard at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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園内の日陰の場所に設置された温度計は36℃を示している。
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園内のネコもぐったりなのだ。
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そうした中、テルペイの場合は居場所を少しずつ移動させることによって陽の光が当たるのを避けようとする努力が見られる。


水の中で暑さに耐えるテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear in the water, avoiding summer heat at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017.

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彼はしっかりと日陰の部分を見つけてそこで休むのである。よくこういう人がいる、「ホッキョクグマには夏の暑さはさほど影響しない。むしろわざわざ日の当たる場所に居たがる。」と。 しかしこれはテルペイには見事なまでに当てはまらない。
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このテルペイのペルミ動物園時代の素晴らしい行動を見てきた私にとっては現在のロストフ動物園でのこの状態は本当に残念なのである。彼は自分の長所をここでは全く発揮できないのだ。


直射日光のある場所を避けるテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear does not like direct sunlight, at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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このコメタは暑くても必ず一定の時間は遊び回る。
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コメタの水遊び - Kometa the Polar Bear plays in the water at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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コメタのおもちゃ遊び - Kometa the Polar Bear, playing in the water with plastic object at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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このコメタの将来に幸あれと祈りたい。
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テルペイはまた体を水に入れている。午後も三時近くなると飼育展示場には日陰の部分が無くなってしまうからである。逃げ場が無くなって水の中に入らざるを得なくなったのだ。
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彼に対する深い同情の念を禁じ得ない。突然テルペイは私に背を向けてゆっくりと私のそばから泳ぎ去っていった。テルペイさん、お元気で!


背を向けてゆっくりと泳ぎ去るテルペイ - Terpey (Yakut) the Polar Bear, turning his back and swimming away slowly, at Rostov Zoo, Russia, on Aug.5 2017

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テルペイさん、コメタさん、お元気で!

Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
Panasonic HC-W870M
(Aug.5 2017 @ロシア南部、ロストフ・ナ・ドヌ動物園)
by polarbearmaniac | 2017-08-06 05:00 | 異国旅日記

コメタ (Белая медведица Комета) 、その素顔と性格

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コメタ - Белая медведица Комета/Lední medvědice Kometa/Eisbärin Kometa

現在4歳の雌(メス)のコメタだが、アンデルマの曾孫、ウスラーダの孫という輝かしい血統の持ち主である。
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しかしそのことは逆に彼女のパートナーとなる雄(オス)の候補が限定されてくるといったマイナス面も生じてくる。
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ロストフ動物園はモスクワ動物園と交渉して本来は同じ年齢層の幼年・若年個体のペアの入手を希望したのだが得られたのは雌(メス)のコメタだけで、雄(オス)については得られなかったのである。そういった年齢層の雄(オス)はロシア国内ではほとんどがこのコメタと同じ「アンデルマ/ウスラーダ系(カザン血統)」だったというわけである。


コメタのおもちゃ遊び - Kometa the Polar Bear plays with her favorite toy, at Rostov-on-Don Zoo, Russia, on Aug.4 2017.

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このコメタはバランス感覚に秀でた若年個体となったようである。
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問題はテルペイとの相性なのだが、仮に良くてもテルペイがペルミ動物園に帰還するとなればコメタとテルペイのペアに残された時間は限られたものになるだろう。
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事態の推移を見守っていきたい。
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Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
Panasonic HC-W870M
(Aug.4 2017 @ロシア南部、ロストフ・ナ・ドヌ動物園)
by polarbearmaniac | 2017-08-05 05:30 | 異国旅日記

テルペイ (Белый медведь Терпей)、その将来の不安定性

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テルペイ - Белый медведь Терпей (Якут) / Eisbär Terpey

この野生出身の14歳の雄(オス)のテルペイはペルミ動物園から来園したのだが、その理由はペルミ動物園で野生孤児のセリクの保護・飼育が始まり、そしてカザン市動物園からユムカ(ミルカ)が来園するといった事情の中でスペースの関係でペルミ動物園からロストフ動物園に預けられたのである。
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私は彼がまだペルミ動物園にいた時代から良く知っているが、このテルペイ(ペルミ動物園でもこのロストフ動物園でも彼のことを「ヤクート (Якут)」という愛称で呼んでいる)は実に慎み深いホッキョクグマである。彼は徹頭徹尾、年長のアンデルマを立てて自分は後ろに引いているというホッキョクグマである。
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活魚のプレゼントのイベントでも、水に入らないアンデルマに代行して彼は魚を捕獲してまずアンデルマに献上していたのである。
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さらに彼は野生孤児出身ということもありアンデルマを自分の母親のように慕っていたのである。このテルペイがペルミ動物園を出発するときに彼はアンデルマに対して哀しそうな泣き声を上げたそうである。本当に気の毒な話である。
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彼はペルミ動物園時代は来園者に対するサービス精神にも溢れていた。あまり動かなかったアンデルマに代わってこのテルペイはそういった来園者に対する反応を一手に引き受けて子供たちを喜ばせていたのである。
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そういうテルペイなのだが、彼がこのロストフ動物園に来てからというもの、そういった彼の最大の長所が十分に発揮されていないのが非常に残念である。


暑さに耐えつつおもちゃで遊ぶテルペイ - Terpey the Polar Bear feels it's too hot to play with a toy, at Rostov-on-Don Zoo, Russia, on Aug.4 2017

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彼はこのロストフ動物園でコメタをパートナーとして繁殖に挑むことになってはいるのだが、ペルミ動物園が移転して新しい動物園が完成したとにには一応ペルミ動物園に戻ることになっている。しかしそこでは彼のパートナーtなる雌(メス)はいないというのが実情だろう。このテルペイは野生出身であるので血統の孤立度が高いために繁殖には最適なのである。


一休みのテルペイ - Terpey the Polar Bear, taking a rest, at Rostov-on-Don Zoo, Russia, on Aug.4 2017

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彼については本当に真剣にその将来を考えてやってほしいものである。性格的にもこれほど素晴らしいホッキョウグマは容易には見つからないのである。
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Nikon D5500
AF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-6.3G ED VR
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(Aug.4 2017 @ロシア南部、ロストフ・ナ・ドヌ動物園)
by polarbearmaniac | 2017-08-05 04:30 | 異国旅日記

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