街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ベルリン、フリードリヒ通り駅の北側を歩く (後)

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再びフリードリヒ通りに戻る。 そこにフリードリヒシュタット・パラストがある。 確か宝塚のベルリン公演はこの劇場で行われたと記憶している。
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これはタヘレス (Tacheles) という若い芸術家の集まる施設である。 古くて廃墟のようになっていた建物をこうして芸術のための総合施設にしたそうである。私はあまり興味がないので内容は良く知らないが、何かベルリンらしい感じがする。
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この辺りは古い建物が多い。
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オラニーエンブルガー通りからは新シナゴーグとアレクサンダー広場のテレビ塔が見える。
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これはトア通り(Torstraße) である。 東ドイツ時代はヴィルヘルム・ピーク通りと呼ばれていた。 東ドイツの初代大統領の名前から採ったものだった。
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ここからフリードリヒ通りはショセー通りという名前に変わる。
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このあたりは分断時代は人通りも少なくて古い建物が続いていたが現在では改装されている。
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これはボルジッヒハウス(Borsighaus) である。1899年の建築だそうである。
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ショセー通りを挟んで向かい側にドロテーエンシュタット墓地の入り口がある。
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隣にあるブレヒト記念館 (Brechthaus) である。 ここのあの劇作家のベルトルト・ブレヒト(Bertolt Brecht)が1953年から彼の死の1956年までをここに住んでいた。
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だからブレヒトはこのドロテーエンシュタット墓地の隣に住んでいたというわけである。 そして彼自身も死後にこの墓地に眠っている。
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私はかつてこの墓地でいくつもの墓石の写真を撮ったことがある。 ここには有名人の墓が多いのである。ここはモスクワで言えばノヴォデヴィチ修道院の墓地のようなものである。
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インヴァリデン通りに入る。

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少し歩くとかつての北駅(Berlin Nordbahnhof) の郊外線の駅(Vorortbahnhof) の建物の一部が残っている。
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1896年の建築である。
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これはかつての北駅のホームと長距離線の本線の引き込み線のあった場所だ。
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更に歩くと「ベルリンの壁記念館」がある。
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このあたりにはかつてのベルリンの壁が保存展示されている。
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これは西ベルリン側の壁。
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こちらは東ベルリン側の内壁である。
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壁構築前の1960年にはここには人民警察がこうして通行を管理していただけだった。
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こうして現在では西ベルリン側の外壁と東ベルリン側の内壁の間の緩衝地帯は緑になっている。
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再びフリードリヒ通り駅に戻る。
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Sバーンで「動物園駅(Bahnhof Zoologischer Garten)」に戻る。
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ホテルに戻る。

Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
(Dec.30 2013 @ベルリン)
by polarbearmaniac | 2013-12-31 07:50 | 異国旅日記

ベルリン、フリードリヒ通り駅の北側を歩く (前)

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今日はフリードリヒ通り駅 (Bahnhof Berlin Friedrichstraße) の北側を歩くことにする。 これも私の結構好きな散策路なのである。
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ベルリンの東西分断時代には、このフリードリヒ通り駅はSバーンとUバーンで東ベルリンに入る検問所があったためSバーンのホームの端の中段のところに東ドイツの国境警備兵が自動小銃を持ってホームを見下ろして人々を監視していた。 実に不気味だった。
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一度この駅の南側に出てみるが、この写真の左側のところに分断時代は小さな書店があった。西ベルリンから東ベルリンに一日ビザで入る際に一定額の通貨の強制交換があったが、西ベルリンに戻る前になんとか強制交換された東の通貨を使い切ろうと、私はここにあった書店で本を買うことにしていた。 いまではここはマクドナルドの店になってしまっている。
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これは昨年もご紹介した「涙の宮殿」である。 東ベルリンから西ベルリンに戻る際にはここの検問所を通ったのである。
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ここも昨年ご紹介しているアドミラル・パラストである。 フルトヴェングラーファンの方々ならば誰しも御存知とは思うが、フルトヴェングラーが1945年1月に敗戦前に最後の演奏をベルリンフィルハーモニーと行ったのはここである。 彼は1947年にもここでヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」を指揮している。当時のベルリンのシュターツオーパーは戦災のためにここを仮住まいにして公演を行っていた。
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このアドミラル・パラストは戦後の1946年にはドイツ共産党(KPD)が社会民主党(SPD)を併合してドイツ社会主義統一党(SED)が結成される式典もここで行われている。
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シュプレー河にかかるヴァイデンダム橋を渡るときには博物館島とアレクサンダー広場にあるテレビ塔が良く見える。
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これは逆側の眺めである。
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シッフバウアーダム沿いに歩くとやがてベルリナー・アンサンブルの本拠地であるシッフバウアーダム劇場が見えてくる。 ここはブレヒトの作品の上演で有名である。
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シュプレー河の対岸には「涙の宮殿」が見える。
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シッフバウアーダムからアルブレヒツ通りに入る。
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このあたりはやや静かな一角である。
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ここは東西分断時代に私が東ベルリンに宿泊した時の常宿だったアルブレヒツホーフである。 当時はホスピツ(Hospiz)という名前だった。 社会主義国なのにこのホテルの部屋に聖書があったのには驚いた思い出がある。
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このアルブレヒツホーフの角をマリーエン通りに曲がる。
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たいへん静かな通りである。
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そしてその先のルイゼン通りとの角近くの32番地に森鴎外の最初の下宿がある。
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現在この建物の別の一角が森鴎外記念館になっている。
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鴎外は1887年の4月から6月までをこの建物内の住居で過ごしている。
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すぐそばのカール広場にかつてホテルだった建物が建っている。 改装されているためにそれほど古い建物には見えない。
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しかしここにベルリンに初めてやってきた鴎外が宿泊したのである、

Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
(Dec.30 2013 @ベルリン)
by polarbearmaniac | 2013-12-31 07:40 | 異国旅日記

クロースター通り駅からアレクサンダー広場付近を歩く

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動物公園の帰路に久し振りにクロースター通り駅周辺を歩いてみることにした。 左手奥に見えるのはパロキアル教会である。
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すぐ近くにあるのがこの廃墟になっているクロースター教会である。
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なにか不思議な雰囲気が漂う。
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グリューナー通りを挟んで見えるのは左が赤の市庁舎、右がテレビ塔である。
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遠くに見えるのがニコライ教会。
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グリューナー通りからユーデン(ユダヤ人)通りに入ってみる。
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このあたりはかつてユダヤ人が非常に多く住んでいた。 爆撃で空地になったこの場所はかつてはそういったユダヤ人たちの住む住居があった。 20年ほど前にはこの空地の片隅にかつて建っていた建物の僅かな遺構があったのだが、もうそれもない。
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この建物は爆撃を逃れたものだろう。 やはりかつてはユダヤ人が使用していたと思われる。
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アレクサンダー広場駅。
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左側にあるのは社会主義j代の1964年に建てられた「教師の家 (Haus des Lehrers)」 である。
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この「教師の家」を飾るモザイクは社会主義時代の雰囲気をよく伝えている。
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そして有名な「世界時計(Weltzeituhr)」。
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何故だかベルリンに来るとどうしてもここに来たくなってしまうのが不思議だ。


Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
(Dec.29 2013 @ベルリン)
by polarbearmaniac | 2013-12-30 07:55 | 異国旅日記

トーニャの素顔、そしてその血統の謎に迫る ~ 北京に負けたベルリン

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さて、このトーニャの血統について依然として解けない謎が存在しているのである。 
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それはヴァロージャがこのベルリン動物公園に来園して8月に一般公開された時にさかのぼる。実はこの件は非常にやっかいである。「超マニア向き」の話であり、格別興味のある方以外は読み飛ばしていただいて結構である。 しかし近年においてホッキョクグマに関する議論のうちでこの件ほど興味深い話題はなかったと言えるだろう。 この議論を御理解いただくためには以下の三つの投稿、すなわち、「ドイツ・ベルリン動物公園のトーニャのパートナーとしてモスクワから到着した『謎の幼年個体』の正体は?」、「ベルリン動物公園のトーニャと『謎の幼年個体』との間の繁殖は姉弟間の近親交配との大きな批判起きる」、及び「ベルリン動物公園の担当者、ドイツ国内の『近親交配批判』に反論 ~ “Errare humanum est...”」の内容を完全に御理解いただく必要がある。 問題はベルリン、モスクワ、北京の三つの動物園にまたがる壮大な話である。 単純化すれば、このベルリン動物公園のトーニャと北京動物園のムーシャ(美美)の本当の母親は誰なのかということに換言される。
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決して自慢して言うわけではないが、ベルリン、モスクワ、北京の三つの動物園でトーニャとムーシャ(美美)に実際に会い、そしてモスクワで彼女たちの母親であるシモーナとムルマに実際に会ったことのある人間は多分私だけだろうと考える。 そこで今回このベルリンで再びトーニャに会ってみて再度私の考えを述べておくのは無駄ではないと考える。
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以前にもご紹介しているが2011年2月17日付のモスコフスキー・コムソモーレツ (Московский комсомолец) 紙の記事で、記者がモスクワ動物園から幼年個体を2頭、北京動物園に移送する作業を取材し、その雌の一頭についてどうやって母親からこの幼年個体を引き離すかについて詳しく述べているが、それは明らかに一人娘を母親から引き離す状況の描写であり、つまりこれは2009年に一頭の雌を産み、そして育てたムルマから娘を引き離すシーンを意味しており、その雌は北京動物園に送られたのである。それがムーシャ(美美)である。 この件については「モスクワ動物園の幼年個体、ペアとして中国・北京動物園へ」をご参照いただきたい。 そうなると消去法でこのベルリン動物公園のトーニャはシモーナの娘ということになるが、最新の血統登録台帳では以前の記載が訂正されており、トーニャはムルマの娘ということになっている。 となれば、北京動物園のムーシャ(美美)は実はシモーナの娘であることを意味していることとなる。
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結論から申し上げれば、今日ベルリン動物公園で再会したトーニャを長時間観察した印象では、トーニャの母親はシモーナである可能性が極めて濃厚であると感じた。 だから、「ベルリン動物公園の担当者、ドイツ国内の『近親交配批判』に反論 ~ “Errare humanum est...”」 という投稿の冒頭に掲げた二枚の写真は母娘の写真であるという考え方と結論的に合致するのである。 このことはつまり、血統登録情報の最近の訂正は意図的なものであることを意味することとなる。
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そもそも北京動物園がモスクワ動物園の幼年個体を繁殖のためのペアとして入手しようとモスクワ動物園と折衝を開始したのは2010年であり、そして実際にペアとして入手したのは2011年2月である。 この時には当然、血統面を考慮してウスラーダの息子のサイモンとムルマの娘のムーシャを入手したわけである。 ところが2011年の3月にベルリン動物園でクヌートが亡くなり、そのクヌートのパートナーとしてモスクワからロストフを経由してベルリンにやってきたトーニャはパートナーがいなくなってしまったわけである。 ベルリン動物園は故クヌートについては、血統面としては彼のパートナーはシモーナの娘だろうがムルマの娘だろうが、どちらでもよかったわけである。
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ところが今度はトーニャのパートナーなるべきクヌートが亡くなったためにベルリン動物園は今度は雄を求めてまたモスクワと交渉したのである。 その結果ベルリンにやってきたのがシモーナの産んだ三つ子の一頭であるヴァロージャである。ベルリンがモスクワに幼年個体の入手を交渉して入手したのはトーニャとヴァロージャの2頭であるが、これはそれぞれ別個の交渉による入手であり、最初からペアとして2頭同時の入手を図った北京とはまるで状況が異なるわけである。 北京は最初から血統面で近親交配を回避した組み合わせとなるようにペアとして入手したのである。 ところがベルリンはそうではない。 2つのバラバラな交渉で2頭をモスクワから入手したのである。 だから条件は全く異なるのである。 辻褄を合わせるためには書類上の訂正で処理されたのだろう。

展示場を歩き回るトーニャ


この下の3枚の写真は私が今年の10月にモスクワ動物園で撮影したシモーナの写真である。 じっくりとご覧いただきたい。
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以上3枚がシモーナ (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)

次に、この上のシモーナの写真を下の今日ベルリン動物公園で撮影した3枚のトーニャの写真と比較していただきたい。
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シモーナとトーニャは実に良く似ていることがお分かりいただけるであろう。 そして私の以前の投稿である「ベルリン動物公園の担当者、ドイツ国内の『近親交配批判』に反論 ~ “Errare humanum est...”」の冒頭の2枚の写真をじっくりとご覧いただきたい。 これも実に良く似ている。 つまりこれらは、ベルリンのトーニャの母親はシモーナであり、北京のムーシャ(美美)の母親はムルマであることを強く示している。 つまり全く矛盾がないのである。
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今回の件は北京の勝ちでありベルリンの負けである。
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このトーニャ(手前)とヴァロージャ(奥)は姉弟である。
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どんよりした天気の日曜日である。

Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 55-300mm f/4.5-5.6G ED VR
(Dec.29 2013 @ベルリン動物公園)
by polarbearmaniac | 2013-12-30 07:50 | 異国旅日記

ヴァロージャ (Володя) の素顔 ~ シモーナお母さんの三つ子の一頭は「慎重派ちゃん」?

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モスクワ動物園のシモーナお母さんが2011年の暮れに産んだ三つ子の一頭、それがこのヴァロージャである。 今年の9月にこのベルリン動物公園で華々しいデビューを遂げた件は「ベルリン動物公園でモスクワ動物園生まれのシモーナの三つ子の一頭、ヴァロージャが一般公開される」をご参照いただきたい。
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こういう顔はシモーナお母さんに良く似ているのである。
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私がモスクワ動物園でシモーナお母さんの子育てを見て気が付いたのだが、この三つ子には「冒険家ちゃん」、「慎重派ちゃん」、「甘えっこちゃん」に性格が分かれていたのである。 「甘えっこちゃん」は雌のようだから、問題はこのヴァロージャが果たして「冒険家ちゃん」なのか「慎重派ちゃん」のどちらなのかということである。
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私にはこのヴァロージャは「慎重派ちゃん」ではないかと今日一日限りの印象で感じたのである。
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ヴァロージャというのは予想していたよりもおとなしい性格のホッキョクグマのように思うのだ。
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少なくともそれほど気が強いホッキョクグマには見えない。
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今回の3頭同居では他のアイカとトーニャはいずれもヴァロージャよりも年齢は上なので、このヴァロージャの少々遠慮している面があるかもしれない。
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お昼寝が大好きらしい。
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これからの成長が実に期待されるヴァロージャである。

Nikon D5300
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(Dec.29 2013 @ベルリン動物公園)

(過去関連投稿)
モスクワ動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生! ~ 繁殖実績世界一の貫録を見せつける
モスクワ動物園の広報担当者、ホッキョクグマの赤ちゃん誕生を認める ~ ウランゲリ、また父親となる
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モスクワ動物園の三つ子の赤ちゃんたちの近況
モスクワ動物園の三つ子ちゃん、依然としてモスクワに留まる ~ 彼らの行く先に日本はあるか?
モスクワ動物園の一歳半の三つ子ちゃんの近況 ~ 同園でのホッキョクグマ一頭あたりの飼料費は?
ドイツ・ベルリン動物公園のトーニャのパートナーとしてモスクワから到着した「謎の幼年個体」の正体は?
ベルリン動物公園のトーニャと「謎の幼年個体」との間の繁殖は姉弟間の近親交配との大きな批判起きる
ベルリン動物公園の担当者、ドイツ国内の「近親交配批判」に反論 ~ “Errare humanum est...”
ベルリン動物公園でモスクワ動物園生まれのシモーナの三つ子の一頭、ヴァロージャが一般公開される
「情愛型」 と 「理性型」、「対象関与型」 と 「対象非関与型」 のそれぞれの母親像の違いを探る
クルミお母さんの母親像を再度考える ~ 「求心性」、「非求心性」の第三の座標軸から見えてくること
(*2012年3月、9月 モスクワ動物園訪問記)
モスクワ動物園の三つ子ちゃん、はじめまして!
三つ子の世話はシモーナお母さんにとっても大仕事 ~ 3頭の性格の違いは?
小雪降るモスクワ動物園 ~ 三つ子ちゃん元気に遊ぶ
モスクワ動物園の三つ子ちゃん、その多彩な表情
みぞれ混りの雪が降り続いたモスクワ動物園 ~ 長時間のお昼寝の後の三つ子ちゃん
シモーナお母さん、その絶頂期の輝きに満ちた母親像
冷雨のモスクワ動物園、ホッキョクグマ一家の情景
モスクワ動物園の三つ子ちゃんの元気一杯の土曜日
シモーナお母さんと三つ子ちゃん,その多彩な表情 ~ 三つ子の撮影の難しさは予想以上だった!
モスクワ動物園の三つ子ちゃんとの半年振りの再会 ~ シモーナお母さん、育児に大奮闘中
シモーナお母さんと三つ子の子供たちの姿 ~ 今日 (9月20日) のアルバムより ~ 主役たちの魅力
シモーナお母さんと三つ子の子供たちの姿 ~ 今日 (9月21日) のアルバムより ~ 多彩な表情
シモーナお母さんと三つ子の子供たちの姿 ~ 今日 (9月22日) のアルバムより ~ 行動の力学
シモーナお母さんと三つ子の子供たちの姿 ~ 今日 (9月23日) のアルバムより ~ お元気で!
シモーナさん、三つ子の育児、本当に御苦労様でした! ~ 世界最高の偉大なる母の感じた脱力感
by polarbearmaniac | 2013-12-30 07:40 | 異国旅日記

33歳になったアイカ、その誇り高きプライド ~ 心配される足腰の衰え

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先月33歳になったアイカである。
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彼女も非常に日本に関係の深いホッキョクグマなのである。
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彼女は鹿児島のホクトの母である。 さらに姫路のユキ、仙台のポーラの祖母にあたる。

アイカの表情(1)
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彼女の長男は故ビュルン・ハインリヒであり、この息子は人工哺育で育てられた。 この故ビュルン・ハインリヒの娘が姫路のユキ、仙台のポーラである。 そしてアイカの次男は鹿児島のホクトである。 私は以前、このホクトも人工哺育だったのではないかと考えたこともあったが、アイカの息子で人工哺育されたのはビュルン・ハインリヒだけだったそうで、そうなるとホクトはこのアイカの母乳で育ったことになる。
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今年の一月にもここに来てアイカを観察していたが、やはり彼女は非常にプライドの高いホッキョクグマであると強く感じる。
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だから今回のように2歳と4歳の幼年、若年個体との同居には精神的負担があるように思うのだ。 できることなら一頭で時間を過ごせるようにしてやりたいと思うが、どうもそうはいかないらしい。

アイカの表情(2)
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非常に元気に見えるアイカではあるが、一年前と比較すると足腰の衰えは隠せない。 それから、どうも右眼の視力がかなり落ちているように思うのである。
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彼女は今、何を想っているのだろう?
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時々なにか表情が温和になるアイカである。
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彼女も「偉大なる母」であったことは間違いない。 それは子供の数の多少とはあまり関係のない意味においてである。長男こそ人工哺育になtったが、次男のホクトと三男のエリック(現・ロッテルダム動物園)については彼女はしっかりと育児を行ったのだろうと考える。
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1970年代後半から80年代にかけて私は当時の分断時代の東ベルリンを数多く訪れたのであるが、このベルリン動物公園には一度も来たことがなかった。 仮に来ていれば若き日のこのアイカに会うことができたであろう。 本当に残念である。 私の東ベルリンでの思い出はこのアイカの生きてきた時代と重なる。 それだけでも彼女のは特別の思い入れを感じるのである。
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是非ともアイカには長生きしてほしいと思っている。 

Nikon D5300
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(Dec.29 2013 @ベルリン動物公園)
by polarbearmaniac | 2013-12-30 07:30 | 異国旅日記

ベルリン動物公園 (Tierpark Berlin) を訪問 ~ アイカ、トーニャ、ヴァロージャの奇妙な三頭同居

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地下鉄5号線にて「動物公園 (Tierpark) 駅」で下車する。
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このベルリン動物公園(Tierpark Berlin)は今年の1月に来て以来である。
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さあ、ホッキョクグマたちに会いに行こう!
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あれれ、アイカ(手前)とトーニャ(中)、そしてヴァロージャ(奥)の三頭が同居している。
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でもなんだか様子が奇妙である。 手前のアイカに対してトーニャ(奥左)とヴァロージャ(奥右)が委縮している感じである。
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年齢があまりに違いすぎるので同居はあまり快適ではないようにも見える。 アイカは33歳、トーニャは4歳、ヴァロージャ (Володя)は2歳である。
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ヴァロージャ君(左)、お元気でしたか!  私はキミにモスクワ動物園で何度も会っているよ。 またこのベルリンで会えて本当にうれしいよ。 トーニャさん(右)、一年振りになりますね。 私はあなたにもモスクワ動物園で会っているんだ。 本当にあっという間に大きくなったね!
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アイカさん、一年振りになりますね! お元気そうでなによりです。
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このアイカは鹿児島の平川動物公園のホクトの母である。もう彼女も33歳になっている。 奥に寝ているヴァロージャとは31歳の年齢の開きがあるのである。
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アイカ(真ん中)は容易にトーニャとヴァロージャを近づけない。
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トーニャ(左)はアイカ(右)に対して非常に遠慮している。
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トーニャ(左)とヴァロージャ(右)は恐る恐るアイカの方を見ている。

アイカ、トーニャ、ヴァロージャの三頭同居(1)

アイカ、トーニャ、ヴァロージャの三頭同居(2)

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トーニャ(左)とアイカ(右)にとってはあまり居心地が良くなさそうな3頭同居である。 ヴァロージャ(中央)は腹が据わっているのか、居眠りを初めてしまった。
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そしてやはり非常に冷やかさの感じる3頭同居である。 年老いたアイカ(左端)にとっては精神的負担が心配である。

Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
AF-S DX NIKKOR 55-300mm f/4.5-5.6G ED VR
(Dec.29 2013 @ベルリン動物公園)
by polarbearmaniac | 2013-12-29 20:00 | 異国旅日記

ベルリンのクアフュルステンダム、ヨアヒムスターラー通り、タウエンツィーエン通りの交差する付近を歩く

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ブランデンブルク門と並んでベルリンの象徴であるカイザー・ヴィルヘルム記念教会 (Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche) である。 大戦中の爆撃によって廃墟となったが取り壊すことなく保存された。広島の原爆ドームのようなものだと思ってもらえばよい。 
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ただし、インパクトは原爆ドームのほうが遥かに上である、 なにしろ広島を襲ったのは核兵器なのだ。 確かに連合軍(主にイギリス空軍 - Royal Air Force)のベルリン爆撃は熾烈なものであった。 それによって亡くなられた方が多いのはわかっている。 しかし広島の核兵器の被害というのは、もう質の異なる別格の悲惨さなのである。 それはドレスデン空爆さえ遥かに凌ぐものである。
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オイローパ・ツェンター(Europa Center)である。 これは1960年代に建設されたシッピングモールであり東西分断時代の旧西ベルリンの資本主義のシンボルでもあった。
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東西分断時代の旧西ベルリンの最大の繁華街だったクアフュルステンダム(Kurfürstendamm) 、通称クーダム。
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もっと夜歩きをするつもりだったが疲れたのでホテルに戻ることにした。

Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
(Dec.28 2013 @ベルリン)
by polarbearmaniac | 2013-12-29 07:55 | 異国旅日記

成田からモスクワ、そしてベルリンへ ~ 古き良き時代を思い出させるSUの機内食

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昨年に続いてアエロフロート・ロシア航空(SU) のビジネスクラスを利用する。 日本からロシア・欧州方面に向かうフライトでは進行方向右側の窓側(すなわちKの座席)を確保するのが絶対の鉄則なのだが、残念なことに今回は予約が遅かったために右側のKは全て事前指定で埋まっており、しょうがないので進行方向左側の窓側(すなわちA)を確保するのが精一杯だった。 実はKに座るのとAに座るのとでは疲れ方が違うのである。 (日本に戻る復路ではKではなく今度はAに座るのが鉄則である。 御存知ない方がいらっしゃれば是非覚えておいていただきたい。 簡単に言えば、窓側の風景が北極側のほうが見える方に座るのが理想的ということである。 JALでもANAでも欧州行きの便のビジネスクラスはKから事前指定で座席が埋まる。 日本に戻る便ではAから座席が埋まるのである。 これは旅慣れた人間なら常識である。 何故そういうことが言えるのかですって? AとKを体験してみればわかるのである。 理由は申し上げないことにしておく。)
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ウェルカムドリンクのシャンペン。
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モスクワまでは離陸後9時間40分である。
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離陸してから1時間半ほどしてロシア・沿海州の陸地が見えてくる。
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いよいよロシアの上空である。
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前菜。
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サラダ。
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スープ
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メインディッシュ。
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デザートのアイスクリーム。このあとコーヒーとブランデーが出てきた。
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数時間爆睡すると、もうノーヴァヤ・ゼムリャー島付近まで飛行している。 ノーヴァヤ・ゼムリャー島はペルミ動物園のアンデルマの故郷である。
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二食目が出てくる。 アエロフロート・ロシア航空(SU) は古き良き時代のビジネスクラスの機内食の雰囲気を残している数少ない航空会社である。 一つ一つ皿に盛りつけて出てくるのだ。 現在、一番ダメなのはJALである。なにしろJALはビジネスクラスでもワンプレートの機内食である。 コスト削減もあそこまで行けば実に醜い話である。
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モスクワのシェレメーチェヴォ国際空港に定刻到着。
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約一時間半後のベルリン行きに搭乗することにする。
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本日二回目のウェルカムドリンク。
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この羊の肉はうまかった。
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モスクワ・シェレメーチェヴォ国際空港離陸後、約1時間50分でベルリンのシェーネフェルト国際空港に到着。
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このシェーネフェルト国際空港は旧東ドイツの空港である。 ターミナルビルを出た時の雰囲気がロシアの地方都市の空港を思い出させる。
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今回のベルリンの滞在はこのスイソテル (Swissôtel Berlin) にしてみた。 なにしろ非常に交通の便が良いのである。
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部屋はクアフュルステンダム(Kurfürstendamm) とヨアヒムスターラー通り(Joachimsthalerstraße )の角側のために、見晴しがよい。 ベルリンの象徴の一つであるカイザー・ヴィルヘルム記念教会 (Kaiser-Wilhelm-Gedächtniskirche) も見える。
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タウエンツィーエン通り (Tauentzienstraße) を挟んで向かい側のこの写真のホテルに私は若い時に泊まったことがあった。 その時になんとこのホテルはエレベーターがなかったのである。苦い思い出である。
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クアフュルステンダム(クーダム)のカフェ・クランツラーも良く見える。

(Dec.28 2013 @ベルリン)
by polarbearmaniac | 2013-12-29 07:45 | 異国旅日記

年末年始は欧州の街へ ~ この一年、御訪問いただいた方々への感謝

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現在、成田国際空港の第一旅客ターミナルのサテライト内ラウンジです。 なにしろ日本の年末年始の雰囲気が嫌いな私ですから日本を逃げ出すしかありません。 目的地は私にとってはもう異国の街とは言えないほど親しんだ都市です。 ともかく、まずアエロフロート・ロシア航空にてモスクワのシェレメーチェヴォ国際空港に向かうこととします。 そこからさらに乗り継いでロンドンではない欧州の街に向かいます。

日本ではまだ産室に籠っているホッキョクグマたちがいます。 彼女たちが出産に至るか(あるいはもう至ったか)についてはまだわかりません。 そういう彼女たちの健闘を欧州から声援を送りつつ見つめていきたいと思っています。 世界のホッキョクグマに何かニュースがあれば、それは現地から投稿することにします。 それから、現地では動物園は三園訪問したいと思っています。 そこにおけるホッキョクグマたちの姿は当然のことながらここに投稿することとします。
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貴重なお時間を割いてこのブログを今年も訪問していただいた方々に厚く御礼申し上げます。 もともと訪問者の数を増やそうなどとは毛頭考えずに始めたブログですが、訪問したいくつかの動物園で見ず知らずの方に声をかけていただくなど、私にとっては予想外に嬉しい体験もありました。 そういった方々からホッキョクグマについての情報や私の考えを聞かれたりした際には率直にお返事してきたつもりです。

そもそも私にとってホッキョクグマを愛するということは、彼らについてより多くを知るということに他なりません。 それは動物学の範疇のことであれ、あるいは我々人間の社会システムとの接点に関することであれ、一貫して知識や情報を集積し、そして彼らについて考えていくということを意味します。 そういったことを通して現在世界のホッキョクグマ界で問題となっていることを抽出し、そして彼らのためにどうしたらよいのかを探っていこうというのも目的です。 こうしたことは時には旅日記という体裁をとり、あるいは机の上での考察といった体裁をとるわけですから何枚写真をアップしたところで、このブログは動物写真のジャンルには決して属さない場所であると考えています。 もともと私は写真などの映像による表現よりも言語による表現のほうに高い価値を置く人間です。 それは、言語の駆使のほうが映像媒体の提示よりも人間の知的活動としては遥かに複雑なものが要求され価値が高いと考えるからです。 ですので、私もそういったことで写真や動画も使用するにせよ、あくまでも言語を駆使した自身にとってのチャレンジであると思っています。

それからもう一つ付け加えるならば、少なくとも私は国内のホッキョクグマと国外のホッキョクグマを区別しようとはしていないということです。 たまたま日本語で書いていますが、しかし対象であるホッキョクグマについては国境を取り払っているつもりです。 ですから、世界のどこかの動物園でホッキョクグマの赤ちゃんが誕生すれば、それがどこであっても国内での誕生と同じように喜びます。 世界のどこかの動物園でホッキョクグマが亡くなれば、それがどこであっても国内での訃報と同じように悲しみます。 それは当たり前の話です。 何故なら、世界中どこでもホッキョクグマはホッキョクグマだからです。
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再度、御訪問いただいた方々に厚く御礼申し上げます。 来年も皆様方とホッキョクグマたちにとってより良い一年でありますように願っています。

成田離陸後モスクワまでの飛行時間は約9時間40分です。そこからさらに乗り継いで欧州に向かいます。 到着しましたらその街の夜の様子などを投稿するつもりです。

では皆様、良いお年をお迎え下さい!

(Dec.28 2013 @成田国際空港・第一旅客ターミナル内ラウンジ)
by polarbearmaniac | 2013-12-28 12:35 | 異国旅日記

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