街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

プロフィールを見る

<   2015年 04月 ( 42 )   > この月の画像一覧

アムステルダムの中心、深夜のダム広場周辺を歩く

a0151913_10361661.jpg
1655年に本来は市庁舎として建てられた王宮。
a0151913_10365164.jpg
右側の建物はバイエンコルフという百貨店である。
a0151913_10372839.jpg
新教会。
a0151913_1038280.jpg
ダム広場の中心にあるのが戦没者追悼碑、その向う側がに見えるのは今回宿泊しているグランドホテル・クラスナポルスキー。
a0151913_10382636.jpg
非常に気温の低いアムステルダムだ。時刻はすでに零時をまわっている。
a0151913_10385249.jpg
a0151913_10391972.jpg
Nikon D5300
AF-S DX NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR
(Apr.30 2015 @オランダ、アムステルダム)
by polarbearmaniac | 2015-04-30 07:30 | 異国旅日記

成田からフランクフルト、そしてアムステルダムへ ~ ホテル・クラスナポルスキーにチェックイン

a0151913_746986.jpg
年末のパリ行同様、今回もB777のビジネスクラスはスカイラックシートだ。
a0151913_74786.jpg
とりあえず無事に出発できてホッとした。 ここのところ仕事で非常に多忙だったからだ。
a0151913_7473161.jpg
a0151913_7474795.jpg
ロシアの沿海州に入ったがまだ山頂には雪が見える。
a0151913_748512.jpg
今回の機内食は洋食にしてみた。
a0151913_7482342.jpg
a0151913_7484855.jpg
a0151913_7491865.jpg
a0151913_7493333.jpg
a0151913_750136.jpg
食い足りないので早速ラーメンを追加。
a0151913_7502024.jpg
居眠りしているうちにもうバルト海まで来ていた。
a0151913_7504048.jpg
ゴットランド島上空。
a0151913_7505872.jpg
ヴィスビュー(Visby)の街が見える。
a0151913_7511697.jpg
二色目は和食。これはまあまあ、うまかった。
a0151913_7513520.jpg
いよいよドイツに入る。
a0151913_75154100.jpg
フランクフルトも街が見えてきた。
a0151913_752114.jpg
フランクフルトには定刻よりやや遅れて到着。JALはターミナル2に到着得るのだがルフトハンザ便に乗り換えるためターミナル1に移動する。
a0151913_7522894.jpg
a0151913_7525564.jpg
ターミナル1の出発ロビー。
a0151913_7531460.jpg
ここからアムステルダムに向かうことにする。
a0151913_7533362.jpg
a0151913_7535228.jpg
a0151913_7541614.jpg

a0151913_10105822.jpg
今回のアムステルダムでの宿泊はグランドホテル・クラスナポルスキーである。
a0151913_8472980.jpg
現在は一部改装中であるが、入り口はここだ。
a0151913_8474642.jpg
ロビー。
a0151913_7543595.jpg
部屋はなかなかモダンである。

(Apr.29 2015 @オランダ、アムステルダム)
by polarbearmaniac | 2015-04-30 06:50 | 異国旅日記

GW(黄金週間)は欧州で ~ “Making a Difference”

a0151913_774997.jpg
現在成田国際空港第二旅客ターミナル内のJALラウンジです。これから欧州に向かいます。 実は今回モスクワ、その他のロシアの都市に行くはずだったのですが、ちょうどこの時期にペルミ動物園でホッキョクグマ舎のプールの一部改修工事が行われているそうですので、それを避けてロシアではなく欧州に行くことにしたというわけです。 5月といえば欧州では最高の気候であるはずなのですが今年は温度が低いようです。 今回の欧州ではもちろんホッキョクグマたちに会うというのが目的です。 あちこちを歩き回るということはせず、じっくりと彼らと向き合うことにしたいと思っています。
a0151913_781622.jpg
ホッキョクグマの親子の関係をその行動を中心にいろいろな角度から観察し、そしてそれから得た情報で彼ら個々のpersonalityを探り、そして多面的な彼らの生き様を追っていくというのが最近の私のテーマです。我々人間も個々がそれぞれ別の個性を持っているはずですからホッキョクグマを見てもそれぞれが別の感想を持つのが当然であるはずであり、それらが全て「可愛い」という形容詞に収斂するはずはないと思っています。 私は私の感じたことを書くだけですが、多くの同好の方々とは彼らホッキョクグマに対する見方について次第に距離が離れてきていると思っています。 ですので、当ブログを御訪問いただいた方のうち少なからぬ数の方々が私の述べる内容について大きな違和感を抱いているであろうことは間違いないものと思います。そうなればなるほど、少なくともこのブログの存在意義はあるのだという逆の意味での確信を持つようになっています。 人とは群れない、動物園関係者などとは極力付き合わない...それが私のモットーです。 そういう姿勢を維持する限り遠慮なく物が言えるということです。 ただし動物園内でお声をかけて下さる方がいらっしゃれば、いつでも喜んでお話しさせていただきますし、私に投稿の内容に御質問があれば可能な限り答えさせていただきます。 しかしネット、たとえば twitter や Facebook といったような媒体を通じては、そういったお話は一切やらないということにしております。
a0151913_10442465.jpg
ドイツのフランクフルト(アム・マイン)までの飛行時間は成田離陸後、約11時間20分です。そこから乗り継いで欧州内の別の都市に向かいます。それでは行って参ります。

(Apr.29 2015 @成田国際空港第二旅客ダーミナル)
by polarbearmaniac | 2015-04-29 11:00 | 異国旅日記

アメリカ・メリーランド州ボルチモア、メリーランド動物園のマグネット逝く

a0151913_10353393.jpg
マグネット Photo(C)The Maryland Zoo in Baltimore

アメリカ・メリーランド州ボルチモア (Baltimore) と言えば現在大規模な黒人暴動が発生している都市ですが、そこのメリーランド動物園に暮らしていた26歳の雄のホッキョクグマであるマグネットが昨日火曜日に腎臓病を患って安楽死という方法で世を去ったことを同園が発表しました。 マグネットは今年の2月に高齢に近づいたホッキョクグマにはよくみられる腎臓病と診断されたものの食事療法などで健康状態を比較的良好に保っていたそうで、現在の彼のパートナーであるアノーキとの間での繁殖行為もあったものの、先週末あたりから容態が急速に悪化し、とうとう昨日安楽死の執行となってしまったそうです。 この下の映像は昨年10月のマグネットの姿です。



謹んでマグネットの冥福を祈ります。

(資料)
The Maryland Zoo in Baltimore (News/Apr.28 2015 - The Zoo Says Goodbye to Iconic Polar Bear, Magnet)
by polarbearmaniac | 2015-04-29 10:30 | Polarbearology

札幌・円山動物園のオクタヴィアン(仮称)が遂にブールデビュー! ~ "Safety comes first."

a0151913_16131673.jpg
Image(C)読売新聞

昨年12月21日に札幌・円山動物園でララお母さんから誕生した赤ちゃんのオクタヴィアン(仮称)が本日28日にプールデビューを行いました。 生後128日目ということになるでしょうか。 その様子を伝える映像をご紹介しておきます。




ホッキョクグマがプールデビュー 投稿者 samthavasa


浅すぎて泳ぎにはなっていないようです。 安全優先ということで、これでも良いような気もします。

2011年4月16日のアイラのプールデビューについては「ララの赤ちゃんの不思議なプール初体験の日 ~ 遂に発揮された超大物振り」、2013年4月20日のマルルとポロロのプールデビューについては「札幌・円山動物園の新ツインズ、ノワールとブランシュ (仮称) のプール開きの日」及び「札幌・円山動物園の新ツインズのプールデビューの報道について ~ いささか気になったこと」をご参照下さい。

(*注 - オクタヴィアンというのは勿論、この赤ちゃんの正式な名前が決まるまで私が便宜上、勝手につけた仮称である。)

(過去関連投稿)
札幌・円山動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生! ~ 「大本命」 ララの堂々たる出産
札幌・円山動物園のララ親子の産室内でのクリスマス
札幌・円山動物園がララの赤ちゃんの産室内での姿を初めて確認し公開 ~ ララお母さんの手慣れた育児
札幌・円山動物園のララに給餌再開 ~ 静かに「勝利宣言」を行った母親の見えざる育児技量の高さ
札幌・円山動物園のララの産室・寝室内での行動への解釈私論 ~ 「未体験性別パターン」 の赤ちゃんか?
札幌・円山動物園で誕生の赤ちゃんは順調に生後2ヶ月が経過 ~ 少量情報が故のララ親子の健勝振り
札幌・円山動物園で誕生の赤ちゃん、順調に生後71日が経過 ~ 今年世界最後の戸外初登場となるか
札幌・円山動物園で誕生の赤ちゃん、生後88日が経過 ~ 注目すべきその性別
札幌・円山動物園の赤ちゃん、環境訓練で戸外へ登場 ~ 「超大物」の雄(オス)の赤ちゃんか?
札幌・円山動物園の赤ちゃん、二度目の戸外登場 ~ 一般公開開始日は4月1日か3日か?
札幌・円山動物園のララの赤ちゃん、4月1日より一般公開開始へ
札幌・円山動物園のララの赤ちゃん、一般公開に先立ち前日に報道陣に公開される
ララお母さん、お久し振りです! オクタヴィアン (Octavian - 仮称)君、はじめまして!
オクタヴィアン(Octavian - 仮称)の性別と性格 ~ 「雄だ」というよりも「雌ではない」と言うべき茫洋さ
圧倒的な貫録と実力と格の違いを見せつける世界のララ ~ 進化を遂げ頂点へ
空間を完全に支配したララお母さん、そしてオクタヴィアンの木曜日 ~ 円山動物園二日目
ララお母さんとオクタヴィアン(仮称)の気だるい土曜日 ~ 決して先を急がぬ母親の余裕
オクタヴィアン(仮称)、その奇妙で不思議な行動様式 ~ 身体と精神の発達速度の不均衡が理由か?
肌に寒風、心に春風 ~ ララお母さんとオクタヴィアン(仮称)の日曜日
オクタヴィアン(仮称)、その行動範囲拡大の兆し
大阪・天王寺動物園と札幌・円山動物園のそれぞれの四回の訪問を終えた段階で ~ 二組の親子の印象
ララお母さんとオクタヴィアン(仮称)の静かな土曜日 ~ 時間は美しく止まっているのか?
オクタヴィアン(仮称)は偉大なる母であるララの唯一の「失敗作」となるか?
ララお母さんとオクタヴィアン(仮称)、その悠久の日曜日の素顔 ~ 育児と休暇の二足の草鞋を履くララ
悠久のホッキョクグマ、オクタヴィアン(仮称)の素顔 ~ "L'Insoutenable Légèreté de l'être"
by polarbearmaniac | 2015-04-28 14:00 | Polarbearology

モスクワ動物園のシモーナお母さんと双子の赤ちゃんの近況 ~ 同園の自然体の姿勢

a0151913_1825188.jpg
シモーナ親子 Photo(C)Отзовик

モスクワ動物園で昨年の11月10日にシモーナお母さんから誕生した双子の赤ちゃんは2月17日に初めて親子で戸外に登場して初公開となっていますが、その後この親子の様子を伝える報道や映像は非常に少ないのはモスクワ動物園では比較的よくあるケースで、来園者が増加する6月以降となると地元の方々の撮ったそうしたものが次第にネット上に出てくるというのも毎回の傾向です。 モスクワ動物園のHPやSNSのページは比較的人々が注目しない動物たちの話題に多くのスペースを費やしているのも同園の傾向です。 モスクワ動物園ではホッキョクグマが一番の人気で、飼育展示場の前には園内でも一番多くの来園者が集まる場所となっています。 ですから同園のHPやSNSのサイトに掲載しなくてもよいという姿勢のように見えます。

さて、最近のこの親子の様子を伝える数少ない映像の中から二つをご紹介しておきます。 それほど画質のよいものではありませんが、さすがに安定感抜群のシモーナお母さんだと思います。 おもちゃを持って赤ちゃんたちを水に誘うシーンなどはいつも通りです。





モスクワ動物園ではホッキョクグマのイベントらしきイベントは全くありません。 戸外への登場も事前の告知なくフワリとした感じで始まりますし、プールデビューなどという華々しいこともなく、赤ちゃんたちは毎日の生活の中でだんだんと水に親しむようになるわけです。それが自然なやり方でしょう。

(資料)
Отзовик (Apr.19 2015 - Московский Зоопарк)

(過去関連投稿)
理性のウスラーダと情愛のシモーナ ~ 偉大なるホッキョクグマ母娘の性格の違い
モスクワ動物園のシモーナ、過去の映像に見るその母親像の 「絶対的」 かつ 「不動」 の存在の安定感
モスクワ動物園のムルマの2003年の繁殖挑戦を振り返る ~ 5月の交尾で出産に成功したムルマとララ
モスクワ動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生! ~ 出産はシモーナが濃厚、ムルマも出産したか?
モスクワ動物園で誕生の双子の赤ちゃんが戸外へ初登場! ~ 「大本命」シモーナの貫録
モスクワ動物園のシモーナ親子のお披露目の日の姿 ~ シモーナの貫録と安定感、そして大らかさ
モスクワ動物園の飼育主任エゴロフ氏の語るシモーナとムルマ ~ 幼年個体の単純売却は行わない方針へ
by polarbearmaniac | 2015-04-27 18:30 | Polarbearology

「ロシア血統の謎」に迫る(3) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (後)

a0151913_22553412.jpg
イワン(#1698) (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

前投稿よりの続き)
この問題を考えていく時に外してはいけないことは、まず問題なのはイワン(旭山動物園)の血統は何なのかということを追及することが第一に重要であり、それによってホクト(姫路市立動物園)の血統があぶりだされてくるのだということです。何故ならペルミ動物園の資料よりもモスクワ動物園の資料の方が情報が多いからであり、そのモスクワ動物園が飼育記録情報の中でイワンが同園で誕生して旭川に送られたと述べている点が重要なわけです。 さて、ここで2000年にロシア国内で誕生した個体について記しておかねばなりません。 現時点で確認できている間違いのない情報としては、アンデルマ(ペルミ)が一頭、シモーナ(モスクワ)が二頭、ムルマ(モスクワ)が二頭、ウスラーダ(サンクトペテルブルク)が二頭です。 このうちムルマの二頭とウスラーダの二頭は本件の内容とは関係がありませんので本稿では除外します。 問題はアンデルマの一頭、シモーナの二頭がどうなったかです。 アンデルマから誕生した個体を A1、シモーナから誕生した個体を S1S2 として略記します。
a0151913_2120637.jpg
アンデルマ(#1195) (2013年10月1日撮影 於 ペルミ動物園)

まずアンデルマから生まれたA1です。このA1は2000年12月8日にペルミ動物園のアンデルマから生まれ、そして前項でご紹介した血統登録情報によれば2001年7月19日にモスクワ動物園に移動しています。 つまりA1はアンデルマお母さんと7ヶ月しか同居できなかったということです。 さて、このA1が本当にペルミ動物園から2001年7月19日にモスクワ動物園に入園したのかということですが、実はこれを裏付けるペルミの地方紙の報道があるわけです。 それはРИА «Новый Регион» の2001年7月17日付けの記事である “Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком” です。 記録用に以下に内容をコピーしておきます。

Пермь. Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком. Самка белого медведя принадлежит ленинградскому зоосаду и ее потомство тоже. Но малыш отправится не в город на Неве, а в столицу России, откуда, скорее всего, его переправят за границу. А из Казани домой вернулся самец гиены. Но посетители не смогут увидеть его еще более двух недель. От переезда животное устало и потребуется время для восстановления его сил.

内容は、「ペルミ動物園はホッキョクグマの赤ちゃんに別れを告げる。 母親(つまりアンデルマ)の権利はレニングラード動物園にあるのでこの赤ちゃんの権利もレニングラード動物園にあるのだが、赤ちゃんはそこには行かずロシアの首都(つまりモスクワ)に行き、その後には多分国境を超えているだろう。」 という内容なのですが、実に興味深いことはこの報道は間違いなくペルミ動物園から得た情報に基づいて書かれているはずですが、つまりペルミ動物園はこのA1がモスクワ(動物園)からいつどこの国に送られることになるかについて全く知らなかったことを意味しているわけです。 ペルミ動物園はロシアの地方都市の小さな動物園で資金は豊かとは言えません。 ですからホッキョクグマの赤ちゃんを生後7ヶ月ほどでアンデルマお母さんから引き離してモスクワ動物園に依頼して売却せざるをえなかったのでしょう。 本当に気の毒な話です。 さて、ところがこの赤ちゃんはこの報道があった後も実は一年近くもモスクワ動物園に留まっていたということは、つまりモスクワ動物園のヴォロコラムスク付属保護施設に飼育されていたことは間違いないものと考えられます。何故ならこのA1はペルミ動物園の売却個体であり最初からモスクワ動物園で展示する予定など毛頭なかったことは間違いないからです。 そして改訂された血統登録情報ではA1は2002年6月26日に姫路市立動物園に入園したことになっていますが、姫路市立動物園のホクトの入園記録によれば、それは2002年3月30日です。 この三か月ほどの期間差をどう説明すればよいでしょうか?
a0151913_21153346.jpg
シモーナ(#1616) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)

さて、次にシモーナから生まれたS1S2の双子です。 このS1とS2は2000年11月20日にシモーナから双子の赤ちゃんとして誕生しています。 前回ご紹介しました記録の信頼性に優れていると考えられるモスクワ動物園の飼育記録によればS1は2002年5月31日にモスクワを出発し北京へ向かっており、S2は2002年6月24日にモスクワを出発して日本(旭川)に向かったことを示しています。 このデータを再び下でご参照下さい。
a0151913_2050683.jpg
さて、まずS1ですが、この個体がその後どうなったのかについて血統登録情報の改訂によって実は最近から北京動物園で飼育されている記録が見つかりました。このS1についての血統登録情報を下にご紹介しておきます。
a0151913_20395757.jpg
2012年5月31日に北京に到着していることが明確に確認できるわけです。 さて、次にS2です。 これについてモスクワ動物園の飼育記録では2002年6月24日にモスクワを出発して旭川に向かっていることになっています。 しかし改訂されているはずのイワンの血統登録情報によれば旭川到着(旭山動物園入園)はなんと2002年3月30日となっています。 しかし旭山動物園のイワンの入園記録では2002年6月26日です。 この三か月近い期間差をどう説明すればよいでしょうか?

さて、ここで少し原点に立ち戻ってみます。 そもそも血統台帳の存在意義はなんでしょうか? これは飼育下において動物たちの出生の記録を残すいわゆる「戸籍台帳」のようなものでしょう。 そこで大事なのはその個体の父親と母親がどの個体であるのかを明確にして飼育下における間違いのない繁殖を行うことが第一の目的だろうと思います。 ということはつまり、個体Xの父親と母親がどの個体であるかが一義的に最重要であり、個体の移動情報はその次の重要性しか持たないということになります。 つまり、移動情報に矛盾があるから父親と母親は別の個体ではないかと疑うのは順番として正しくないわけです。 相対的に価値の大きくない情報(移動情報)の矛盾の辻褄を合わせるために価値の大きな情報(両親の個体名)を否定しようというのは正しくないということです。 改訂された血統台帳のデータの「最重要部分」は、旭山動物園のイワンの両親はシモーナとウランゲリであり、姫路市立動物園のホクトの両親はアンデルマとユーコンであるということであり、移動情報の矛盾、つまり入園日の矛盾についてはこれ単なる単純な間違いであると考えておくのが合理的であるということです。
a0151913_21281711.png
ホクト(#1694) Photo(C)姫路市立動物園

さて、前の投稿で述べました「イワンとホクトすり替り説」ですが、この説の最大の利点は種別調整者であるFさんがイワンの誕生した場所についてペルミ動物園とモスクワ動物園の両園から「我々の園で誕生した」という返事をもらったという難問に対してそれは矛盾した返事ではないということを説明するための仮説でもあったわけです。 ところが上で2001年当時のペルミの報道でわかる通り、ペルミ動物園はアンデルマの産んだA!が、一体最終的にどこの国のどの動物園に行くことになるのかはわからなかったわけです。 ということはペルミ動物園はFさんへの返事として「貴園の雄の個体(つまりイワン)は当園で生まれた」などいうことを確証を持って返事をできたはずはないことを意味します。ということはFさんへの返事の内容としてはモスクワ動物園の返事の内容は信頼性があってもペルミ動物園の返事の内容は信頼性において疑問があるということを意味しているわけです。 このことはつまり、モスクワ動物園からの返事とペルミ動物園からの返事の内容を同等に扱ってその両方の内容のどちらも正しいのだという統一的理解をすることは不要であることを意味し、そうなるとこの「イワンとホクトすり替り説」は少なくともその重要な存在意義自体を失ったことを意味します。

モスクワ動物園はペルミ動物園から到着したA1をヴォロコラムスク付属保護施設に入れたことは間違いないでしょう。 しかしシモーナの産んだ雄の双子であるS1とS2は園内のバックヤードで一緒に飼育したはずです。 何故なら、この双子はシモーナから引き離される直前まで飼育展示場で展示されていたことは間違いなく、そしてバックヤードでも一緒に飼育したほうが扱い上は遥かに簡単であり、そしてS1とS2は2002年5月31日と6月24日という近接した日付でモスクワ動物園から中国(北京)と日本(旭川)に送り出したわけです。 一方でモスクワ動物園から130キロ離れた場所にあるヴォロコラムスク付属保護施設に収容されていたはずのA1を自園で飼育していてバックヤードに収容していたS2がすり替る、あるいは発送ミスをするということは有り得ないわけです。 どちらも同じ年齢の雄であるA1とS2ですが、A1ではなくS2を旭川に送ることにしたのはモスクワ動物園の判断だったような気がします。何故ならS1とS2は双子であり、比較的近接した時期に送り出すことのほうが扱いがうまくいくと考えたような気がします。 そしてS1は5月末に中国へ、S2は6月に日本へということになったのでしょう。 A1はすでに3月に日本に向けて送り出しており、A1とS2の「すり替り」が行われたとすればそれは2002年3月以前の話となるはずですが、A1とS2は同じモスクワ動物園とは言っても130キロ離れた場所に飼育されていたはずですから「すり替り」や「発送ミス」を想定するのは困難です。つまり「イワンとホクトすり替り説」は成立しないということです。 つまりS2は旭山動物園のイワンでありA1は姫路市立動物園のホクトであることは間違いない事実だろうということです。

以上から、「イワンとゴーゴ兄弟説」及び「イワンとホクトすり替り説」は成立しないということです。それが結論です。つまり旭山動物園の当時の種別調整者であったFさんの出した結論である現在の公式情報、つまり、

・イワン(#1698 - 旭山動物園)は2000年11月20日にモスクワ動物園で誕生し、母親はシモーナ、父親はウランゲリである。
・ホクト(#1684 - 姫路市立動物園)は2000年12月8日にペルミ動物園で誕生し、母親はアンデルマ、父親はユーコンである。


これらは正しいということを意味するわけです。 以上です。

(*後記) イワンというホッキョクグマは1Fの水槽側から撮影するのと2Fのテラス部分から撮影するのとでは別のホッキョクグマにさえ見えるほど印象が異なる場合があります。 1Fから撮影したイワンは確かにゴーゴに似た顔を見せることがありますが、2Fから撮影すると彼の頭部は彼の父であるモスクワ動物園のウランゲリに非常に似ているということがわかる写真が撮れるわけです。 このあたりはなかなか微妙な問題です。

(*後記2)モスクワ動物園では今回の2000年誕生個体の他に2007年誕生個体、2009年誕生個体にも血統疑惑があるわけです。 2007年誕生個体に関する疑惑はこちら、2009年誕生個体に対する疑惑はこちらをご覧ください。 実はこの三つのケースには同じパターンがあるわけです。 欧州(or 日本)、中国の二つが同時に絡んだ時に常に起こるわけです。 ここに何かの不気味な「暗黒の闇」の存在が関係していることを窺わせるわけです。

(資料)
РИА Новый Регион (Jul.17 2001 - Пермский зоопарк прощается с любимцем публики - белым медвежонком)
Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo (by I. V. Yegorov, Y. S. Davydov, Moscow Zoo, Russia)

(過去関連投稿)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (1)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (2)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (3)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (終)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (上)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (下)
北海道4園のホッキョクグマ飼育「中間報告」が語ること
モスクワ動物園のシモーナ(1) ~ 偉大なる母の娘、やはり偉大なる母となる!
モスクワ動物園のシモーナ(2) ~ その初産への道のり
モスクワ動物園のシモーナ(3) ~ 豊かなる母性の輝き
モスクワ動物園のシモーナ(4) ~ 消息不明の息子は何処に? (上)
モスクワ動物園のシモーナ(5) ~ 消息不明の息子は何処に? (中)
モスクワ動物園のシモーナ(6) ~ 消息不明の息子は何処に? (下)
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカが大阪・天王寺動物園へ! ~ 「ロシア血統の闇」の深淵を覗く
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカ (Шилка Красиновна) の偉大で華麗な血族たち
「ロシア血統の謎」に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う
「ロシア血統の謎」に迫る(2) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (前)
by polarbearmaniac | 2015-04-26 23:00 | Polarbearology

「ロシア血統の謎」に迫る(2) ~ 日本ホッキョクグマ界最大の謎「イワンとホクトすり替り説」に挑む (前)

a0151913_16563237.jpg
イワン(#1698) (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)
a0151913_16481187.jpg
ゴーゴ(#1773) (2012年4月19日撮影 於 天王寺動物園)

旭山動物園で飼育されている14歳の雄のイワンの血統問題と言えば「何を今更!」と言われそうですが、過去の経緯から述べておかねばなりません。それは以前、つまり2010年春頃まで存在していた「イワンとゴーゴ兄弟説」とその崩壊についてです。 「イワンとゴーゴ兄弟説」というのは換言して言えばイワンはペルミ動物園の生まれで母親はゴーゴ(白浜)の母親と同じペルミ動物園のアンデルマであるという説です。

まずこの「イワンとゴーゴ兄弟説」が一般に広く流布した原因は某人気ホッキョクグマが飼育されていた某動物園の園内に掲示されていた日本の飼育下のホッキョクグマの血統図です。 しかしそれ以前からこの「イワンとゴーゴは兄弟である」と述べた方がいらっしゃったわけですが、一般に広く流布したのは某動物園の掲示によってということです。 この下はイワンの写真ですが、この口の開き方や顔つきを見ていると確かにゴーゴに似ていないということはないようにも思います。
a0151913_6203064.jpg
イワン (2014年3月23日撮影 於 旭山動物園)

さて、これは決して自慢するわけではありませんが、「イワンとゴーゴ兄弟説」を根拠を挙げて否定したのは当ブログが最初であり唯一だったと思っています。 実は振り返って言えることですが、この「イワンとゴーゴ兄弟説」というのは当時は血統登録情報に基づく説であり旭山動物園も当時はそれを採用していたわけですから、まさに鉄壁とも言える説だったわけです。 2010年1月28日付けの「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明」をご参照下さい。 この当時旭山動物園はイワンについて「2000年12月8日  ロシア・Perm動物園生」と記載していたわけです。 つまりイワンの母親はペルミ動物園のアンデルマであることを認めていたことになるわけです。 これはつまり「イワンとゴーゴ兄弟説」を結果としては採用していたことを意味するわけです。
a0151913_6492517.jpg
アンデルマ(#1195) (2013年10月1日撮影 於 ペルミ動物園)
a0151913_651169.jpg
ユーコン(#1197) (2013年9月28日撮影 於 カザン市動物園)

しかし私がその「イワンとゴーゴ兄弟説」を切り崩すために用いた資料はモスクワ動物園のホッキョクグマの飼育責任者の方が2004年にアメリカのサンディエゴで開催された “International Conference on Bear Research and Management” という国際会議での報告で用いた資料である “Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo” だったわけです。 この資料はあの Polar Bears International のHPで2010年春頃までは閲覧可能だったわけですが、Polar Bears International のHPが一新されたときに削除されてしまったので現在は見ることができませんが私はそれを現在も保存しています。

さて、この資料の中でモスクワ動物園のホッキョクグマの飼育責任者の方は飼育資料に基づく形で以下のようにイワンの血統に言及したわけです。 該当部分のみご紹介しておきたいと思います(クリックしていただくと拡大します)。この表は左から順に「母親名(血統番号)」、「父親名(血統番号)」、「交尾日」、「出産日と頭数/性別」、「誕生個体の移動(shipped out)日、仕向け先」が記されています。
a0151913_4135844.jpg
モスクワ動物園のシモーナ(#1616) とウランゲリ(#1201) は2000年4月10日に繁殖行為を行いシモーナは2000年11月20日に雄の赤ちゃん二頭を産み、そしてその双子の赤ちゃんのうち一頭は2002年5月31日に北京に向け出発し、もう一頭は2002年6月24日に旭川に向けて出発したことを意味するわけです。 旭山動物園にイワンが入園したのは2010年1月28日付けの「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明」によれば2002年6月26日です。 これは旭山動物園以外には知り得ない日付です。 一方で先のモスクワ動物園の資料ではシモーナの産んだ双子のうちの一頭は「2002年6月24日に旭川に向けて出発した」と記載しているわけです。 2002年6月24日にモスクワを出発した飛行機が成田に到着するのが翌日、その後に輸入検疫・通関を経て成田から北海道に運送されるスケジュールを考えれば、モスクワ動物園を出て翌々日の6月26日に旭山到着というのはピッタリのスケジュールです。 つまりこの事実は、イワンはモスクワ動物園でシモーナ(#1616) とウランゲリ(#1201) の間に誕生し、そして旭山動物園に送られたことを示す揺るぎない証拠だと言えるわけです。 しかもこの資料を作成したのはモスクワ動物園で全種の動物の血統登録を担当している管理部門ではなくホッキョクグマの飼育記録を実際に管理している飼育現場の飼育担当責任者です。 さらに、一般のロシア人では馴染のない「旭川(Asahikawa)」 という地名まで入っているわけです。 そういったことから考えて極めて信頼度の高いデータであることは間違いないわけです。この資料を用いて私は2010年2月に「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定した一連の投稿を行ったわけでした。
a0151913_6593983.jpg
シモーナ(#1616) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)
a0151913_6595287.jpg
ウランゲリ(#1201) (2013年10月4日撮影 於 モスクワ動物園)

さて、その私の投稿について北海道にお住まいの一人のファンの方が当時のホッキョクグマの種別調整者であった旭山動物園のFさん(後のホッキョクグマ繁殖検討委員会の座長)に当ブログの該当ページと私の主張をお話になられたそうです。 その方のお話によれば、Fさんは私の主張に説得力があると考えたらしくペルミ動物園とモスクワ動物園に問い合わせを入れたそうです。 最初にペルミ動物園から返事があり「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」という内容だったそうです。 次にモスクワ動物園からも返事があり、これもまた「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」 という内容だったそうです。 つまりペルミ動物園もモスクワ動物園もイワンが誕生したのは自分の園であると言ってきたわけです。 こういう事態となってFさんはこの二園にさらに調査を依頼されたようですが、それ以降のことはそのファンの方もご存知ないようで、私もFさんの依頼された調査内容の詳細と結果は知りません。 私は2010年の5月と7月に二回モスクワを訪れ動物園にも行ったわけですが、その時にお見かけしたモスクワ動物園の方(実はその方はなんとあの国際会議の資料を作成された方でした)にこの件を聞いてみたところ「自分の動物園で飼育している個体について 『生まれたのはあなたの動物園ですか?』 と聞かれたのは初めての体験だった。 何故そんなことを聞いてくるのか不思議だったよ。」 という返事でした。 私は「その個体というのは本当にこのモスクワ動物園生まれなのですか?」と聞きましたら「そんなの当たり前だよ!」とかなり機嫌が悪くなってきた様子でしたのでそれ以上は聞けませんでした。 モスクワ動物園の飼育現場の方々はみんなプライドの塊のような方ですので、こういうことを聞いてはいけないと痛感したわけでした。

2010年の5月頃になって最初に述べた日本の飼育下のホッキョクグマの血統図を掲示していた某動物園は突然その血統図を訂正し、「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定してホクト(姫路)とゴーゴ(当時大阪)が兄弟であることを示し、そしてその某園の公式ブログでもこの訂正に言及したわけでした。 その某園で日本の飼育下のホッキョクグマの血統図を作成された方は間違いなく旭山動物園からの依頼で血統図を訂正したはずですが、その訂正に大層不満の御様子で私に対しても「ネットなどでお手軽に調べた情報で云々」などと皮肉めいたことを書いていらっしゃいました。 その方は多分当時のイワンの血統登録情報(母親は#1195つまりアンデルマ、父親は#1197つまりユーコン)を知っており、それを絶対的なものと考えていらっしゃったようで、そうしたものをネットで得た情報で崩そうとした私が気に入らなかったようです。 どうもその方はFさんが懸命に真相を突き止めようとした努力もご存知なく、また「お手軽」とはいえ私がネットで得たイワンに関するモスクワ動物園の飼育記録の重要性も理解していただけなかったようです。 その方に対する私のそれまでの評価が大きく下落してしまったことは言うまでもありません。

さて、2010年6月になって「道内ホッキョクグマ飼育4園共同声明にかかる中間報告」というものが発表されました。 そして日本のホッキョクグマの血統管理を行っている旭山動物園の園長さんも署名者となっているそれにおいて初めてイワンについて「2000年11月20日 モスクワ動物園生」と記載されました。 2000年11月20日にモスクワ動物園で出産を行った雌の個体はシモーナです。 つまりそれは「イワンとゴーゴ兄弟説」が公式的に否定された瞬間でした。 そしてそれ以降、イワンは2000年11月20日にモスクワ動物園で誕生し、母親はシモーナ(#1616)、父親はウランゲリ(#1201)であるということが新しい公式的な見解となったことを意味するわけです。 もちろん、旭山動物園内の手書きのイワンの紹介表示も全て改められたわけです(こんな小さなことでもキチンと訂正されていた旭山動物園はやはりたいしたものだと思います)。 さらにしばらくたってから姫路市立動物園のホクトの紹介表示も以前はホクトはモスクワ動物園で2000年11月20日に誕生したという表示となっていたわけですが、これも訂正されてホクトの誕生日は2000年12月8日であり、生まれたのはロシアの動物園という表示になったわけです。 従来の血統登録情報の誤りはこうして全て訂正されたわけです。 そしてやや時間は要しましたが後日、ドイツのロストック動物園の管理する世界の飼育下のホッキョクグマの血統台帳も訂正されたというわけです。 実はイワンとホクトの血統問題は重大な問題とまでは言えなかったわけです。 何故ならばイワンのパートナーは「ララファミリー」のルルであり、ホクトのパートナーはセルビア生まれのユキですが、イワンとホクトはどちらも「アンデルマ/ウスラーダ系」であって、その血統内部でのデータの訂正でしたから繁殖の面における組み合わせの血統上の問題は全く生じなかったということです。ですからペアの組み替えは全く不要だったわけです。 これは非常に幸いでした。ここまでが2010年の「イワンとゴーゴ兄弟説」の崩壊過程の復習となります。 5年も前の当時の事情をご存じない方ももうかなりいらっしゃると思いますので、この件を私の知る限りで改めて今回ここでご紹介したというわけです。

さて、しかし当時は「私の考え方は正しかったことが証明された!」というような満足感や昂揚感などは全くなく、次なる探究に挑戦しようとしたわけでした。 何故なら実は私はこの件について何か我々の知り得ない別の謎がまだ潜んでいるように感じたからです。 何かスッキリしなかったわけです。 イワンはシモーナの息子でありモスクワ動物園生まれであるとするならば、消去法でホクト(姫路)はアンデルマの息子でありペルミ動物園生まれであるということになるわけですが、実はそう言い切ってよいのかという懸念が頭の片隅を支配し続けていたわけでした。 まず一つ浮かんできたのは「イワンとホクト兄弟説」です。 これが何を意味するかといいますと、モスクワ動物園の記録によればシモーナが2000年に産んだ双子のうち一頭は北京に行き、もう一頭(イワン)は旭川に行ったわけですが、実はこのホクトはこの北京に行った個体であり、このあと北京から最終的にはやはり日本に来たのではないかという考え方です。 これならば「イワンとホクト兄弟説」は成立する可能性があるわけです。 実はこれに関連して私はこの問題意識を背景に翌年の2011年に、「モスクワ動物園のシモーナ(4)(5)(6) ~ 消息不明の息子は何処に?」という投稿を()()()の三回連続で行っています。 その時は「イワンとホクト兄弟説」を完全に否定したわけです。
a0151913_7144145.jpg
イワン (2012年12月8日撮影 於 旭山動物園)

次に私が考えたのは、実は2000年にロシアで誕生した個体には「消去法」で消すことのできない野生孤児個体の存在があるのではないかということです。つまりこれが何を意味するかと言いますと、ホクト(姫路)は実はアンデルマの息子ではなく野生出身ではないかという疑いです。そういった個体が何らかの理由で日本に来たのではないかという考え方ですが、この考え方には明確な根拠がないわけで単なる憶測の域を出ないわけです。

そして次に私が考えたのは実は一見、荒唐無稽と思える説です。旭山動物園のFさんがペルミ動物園にイワンの件で問い合わせを行った時のペルミ動物園の返事は「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」というものでした。ペルミ動物園はこの2000年にアンデルマの産んだ雄の幼年個体を一度モスクワ動物園に送っているわけです。モスクワ動物園の当初の予定ではペルミ動物園生まれのこのアンデルマの息子である個体を旭川に送るつもりだったものを、モスクワ動物園は何らかの事情で自園のシモーナの産んだ双子の雄のうちの一頭を旭川に送ることに決めたのだと仮定します。これならば旭川に送られたイワンはシモーナの息子となりますから「イワンとゴーゴ兄弟説」を否定したのと同じ結果になります。そういった事情を知らないペルミ動物園はアンデルマの息子が旭川に送られたとばかり思っているためにFさんに対して「貴園の雄の個体は確かに当園で誕生した個体である。」と返事をしても何らもおかしくはないわけです。 ところがモスクワ動物園は発送の段階で今度は気が付かない単純ミスを犯してしまった...つまりモスクワ動物園は当初の予定を変更してシモーナの息子を旭川に送ることにしていたものの、実は単純発送ミスでペルミ動物園で生まれた個体を旭川に送ってしまった...実はこう考えると旭山動物園のFさんに対してペルミ動物園もモスクワ動物園もイワンが誕生したのは自分の園であると言ってきたことが全く矛盾なく説明できるわけです。 二頭の間での個体変更が二回行われる(つまり一回目は意図的、二回目は単純ミス)と、結果はなんと元に戻ってしまうわけです。 こう考えると「イワンとゴーゴ兄弟説」は成立することになり、そしてこの件に関する素朴な疑問はほとんど全て説明が付くわけです。
a0151913_613557.jpg
イワン (2012年3月3日撮影 於 旭山動物園)

さて、ここで驚くべき事実をご紹介し、この「イワンとゴーゴ兄弟説」再成立の可能性が本当にないのかを次に検討してみたいと思います。 さて、ここで現在のイワン(#1698) の血統登録情報をご紹介しておきます。 一度クリックしていただいて開いたページをさらにクリックしていただくと大きく拡大します。
a0151913_457142.jpg
#1201はウランゲリ、#1616はシモーナを意味しています。 これは当然イワンの母親はペルミ動物園のアンデルマではなくモスクワ動物園のシモーナであることを意味していますしイワンの誕生地もペルミ(Perm)ではなくモスクワ(Moscow)であることが明示されています。 つまり血統登録情報は改訂され、「イワンとゴーゴ兄弟説」は完全に否定されたという事実を反映しているわけです。 しかしよく見て下さい。 おかしいことがわかるはずです。 それは、血統登録情報ではイワンが旭山動物園に入園したのは2002年3月30日となっています。 しかしこれは正確には上で申し上げましたようにイワンの入園日は2002年6月26日です。 そうなると現在は正しいはずのこの血統登録に書かれている「2002年3月30日」はいったい何でしょうか? 実はこの2002年3月30日はホクトが姫路市立動物園に入園した日なのです。 実はこの日付は驚くべきことにかつて姫路市立動物園のHPにホクト入園日として記載されていた日付なのです(現在は同園のHP記載には見当たりません)。さて、では今度はホクト(#1694)(姫路)の血統登録情報を見てみましょう。 これです。 一度クリックしていただいて開いたページをさらにクリックしていただくと大きく拡大します。
a0151913_5315826.jpg
このホクトの正式名称は「ルトヴィク」というわけです。 そしてホクトはペルミ動物園で2000年12月8日に生まれ、父親は#1197(つまりユーコン)、そして母親は#1195(つまりアンデルマ)であることを示しています。 このホクトの血統登録情報についても「イワンとゴーゴ兄弟説」が崩壊した結果、消去法でホクトの母親はアンデルマであることがはっきりしたという事実が反映されてこうして改訂されているわけです。 つまりこのことはホクトとゴーゴは母親が同じアンデルマであり、兄弟であることを示しています。 ところがホクト(ルトヴィク)の姫路市立動物園の入園日にご注目下さい。 2002年6月26日と記載されています。 これはなんとイワンの旭山動物園の入園日なのです。 さて、そうなるとこの 姫路に現在いる「ルトヴィク(ホクト)」の正体は、実は旭川に行くべきだったイワンであり、そして現在旭川にいるイワンの正体は実は姫路にいるはずの「ルトヴィク」ではないのか...つまりどこかで「個体すり替り」が行われているのではないかという大きな疑惑 が生じてくるのです。

さて、これをどう考えたらよいのでしょうか? 次の投稿で次にこの「イワンとホクトすり替り説」が本当に成立するのかを考えてみたいと思います。 (次の投稿に続く

(資料)
Polar Bear Husbandry at the Moscow Zoo - History of Polar Bears at the Moscow Zoo (by I. V. Yegorov, Y. S. Davydov, Moscow Zoo, Russia)

(過去関連投稿)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (1)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (2)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (3)
イワンとゴーゴは本当に兄弟なのか? (終)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (上)
ロシアのホッキョクグマ界を覆う闇 (下)
北海道4園のホッキョクグマ飼育「中間報告」が語ること
モスクワ動物園のシモーナ(1) ~ 偉大なる母の娘、やはり偉大なる母となる!
モスクワ動物園のシモーナ(2) ~ その初産への道のり
モスクワ動物園のシモーナ(3) ~ 豊かなる母性の輝き
モスクワ動物園のシモーナ(4) ~ 消息不明の息子は何処に? (上)
モスクワ動物園のシモーナ(5) ~ 消息不明の息子は何処に? (中)
モスクワ動物園のシモーナ(6) ~ 消息不明の息子は何処に? (下)
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカが大阪・天王寺動物園へ! ~ 「ロシア血統の闇」の深淵を覗く
ロシア・ノヴォシビルスク動物園のシルカ (Шилка Красиновна) の偉大で華麗な血族たち
「ロシア血統の謎」に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う
by polarbearmaniac | 2015-04-25 23:55 | Polarbearology

浜松市動物園のキロルの今後を展望する ~ 「さすらいのホッキョクグマ」 となるのか?

a0151913_2336228.jpg
キロル (2012年5月20日撮影 於 浜松市動物園)

2008年12月に札幌の円山動物園で双子の一頭として誕生したキロルももう6歳です。 双子のもう一方であるイコロは無事に上野動物園にパートナーを見出したのですが、問題はこの残るキロルです。 来年は彼の身辺に大きな変化が起きることは間違いなく、そのあたりのことを考えておきましょう。

まずそもそもキロルがおびひろ動物園から浜松市動物園への移動の理由は「共同声明2011」にこう述べられています。

「浜松市動物園で飼育しているバフィン(19 歳)メスが大阪市天王寺動植物公園事務所のゴーゴ(6 歳)とのペア形成を目指し移動。浜松市動物園からホッキョクグマがいなくなることから、教育的展示並びに、おびひろ動物園で兄弟で飼育しているイコロ・キロルのオス同士の闘争回避のため、キロルを預託。」

二頭の闘争回避も理由としては挙げられてはいますが実質上の理由はホッキョクグマが不在となる浜松市動物園がホッキョクグマを展示させ続けるための補充としてということなのです。 そして契約内容はアイラ、マルル、ポロロのケースと同じ 「預託」 ということです。それ以上でも以下でもないわけです。 さて、キロルのおびひろ動物園出発を報じるニュース映像を再度見ておきましょう。


ホッキョクグマのキロル静岡へ 投稿者 samthavasa

さて、バフィンは早ければ今年の年末、すでに広く語られている話からすれば遅くとも来年春頃までには浜松市動物園に帰還します。 これは事実上の決定事項と考えてよいでしょう。 そしてその時にフローラ(仮称)が同行するのかしないのかは明確ではありませんが、「同行しない」という確率の方が高いかもしれません。

しかしフローラが「同行」しようがしまいが浜松市動物園にバフィンが帰還するということは、キロルが浜松に送られた目的は達成されたわけですからキロルは浜松から移動となるでしょう。 どこに移動するかは難しいですが、通常で考えれば帯広か札幌帰還でしょう。 しかし帯広は現在札幌にいるオクタヴィアン(仮称)が移動する可能性がありキロルの帯広帰還は難しいでしょう。 一方札幌ですが、これは有り得ます。 キャンディが今年の繁殖に成功しなければキャンディは来年早々に豊橋帰還でしょう。 その空いたスペースにキロルが入るということは有り得るでしょう。 (*注 - ここのところは注意が必要です。円山動物園が今まで幼年個体を生後一年強ほどで他園に移動させた理由は、ララの繁殖を二年サイクルで狙うという目的からだったわけですが、果たして今回また来年の2016年にララの繁殖を狙うのかという問題については同園の態度は現時点では明確ではないように思います。ですからオクタヴィアンが生後一年強でララから本当に引き離されるかどうかは予想が難しいわけです。 これはバフィンについても同じで、バフィンが2016年にさらなる繁殖に挑戦するのであればフローラを生後一年ほどでバフィンから切り離すことになりますが、バフィンの年齢から考えて繁殖への再挑戦の可能性には疑問符が付くわけです。 それならばバフィンとフローラの同居二年目を想定せねばならないわけですが、そういう問題意識がないままバフィンの来年早々の浜松帰還が広く語られる背景にはシルカの存在を抜きにしては考えられないわけです。 フローラをバフィンから切り離すことが当然のように語られるのならばバフィンの2016年の繁殖再挑戦が背景になくてはならないのにそれがないということは、浜松に帰還したバフィンと浜松に残留したキロルとの間での繁殖を試みるという発想がどこかにあるのかもしれません。 バフィンと、そしてキロルの父であるデナリとの間のペアリングは「血統登録情報」に関する限りは四親等だったために回避されたという事情があったわけですが、キロルは「血統登録情報」に関する限りでは五親等のはずで条件はクリアすると考えられます。 種別調整者の方の考え方次第でしょう。) ただし2017年に完成すると言われている円山動物園の「新ホッキョクグマ飼育展示場」にキロルが入るということはないでしょう。 この「新ホッキョクグマ飼育展示場」に入るのは「ララファミリー」の雌の若年個体、つまりアイラ、マルル、ポロロのうちの一頭(あるいはひょっとして二頭)であることは間違いありません。 そしてこのアイラ and/or マルル and/or ポロロのパートナー個体の雄を海外(欧州)から個体交換で導入しようというのが円山動物園の考えていることでしょう。  
a0151913_23371782.jpg
キロル (2012年5月20日撮影 於 浜松市動物園)

さて、キロルですが、こうなると仮にマルルやポロロが札幌に戻れば、その「穴埋め」に熊本か徳島に移動する確率が高いでしょう。アイラが札幌に戻るということならば、キロルは帯広に移動するのではなく今度は別の場所に移動する可能性が高いでしょう。 どこかはわかりません。 しかしこうして考えてみれば、このままではキロルは「さすらいのホッキョクグマ」として一生を終える可能性が大きいでしょう。 キロルのパートナーと成り得るのはミルクとかシルカとかフローラ、あるいは浜松に帰還するバフィンとか、キャンディなども考えられるわけですが、この可能性を考えてみるためには別の重要な要因を考慮せねばなりません。 また移動先としては新飼育展示場を計画しているハバロフスク動物園という手はあるかもしれません。 実は考え方によってはこれは非常に有力だと言えるでしょう(つまりキロルを野生出身個体と組ませる可能性が出てくるわけです)。 これについては稿を改めたいと思います。

おびひろ動物園でイコロとキロルの二頭を見た浜松市動物園の担当者の方が指名したのはキロルでした。 キロルは「ディオニソス的ホッキョクグマ」ですから、二頭を並べてみて浜松市動物園の方が「アポロ的ホッキョクグマ」であるイコロよりも「ディオニソス的ホッキョクグマ」であるキロルを選択した気持ちは、ある意味ではよくわかるのです。 キロルを見送るイコロの姿です。



この瞬間、この双子の運命は大きく別れたのでした。

(資料)
ホッキョクグマ繁殖プロジェクト共同声明 (Feb.18 2011)

(過去関連投稿)
札幌・円山動物園の新ツインズ(ノワールとブランシュ – 仮称)、そして他のララの子供たちの将来 (上)
札幌・円山動物園の新ツインズ(ノワールとブランシュ – 仮称)、そして他のララの子供たちの将来 (中)
ドイツ・ハノーファー動物園に2012年夏に札幌・円山動物園が提示した交換候補個体はアイラだった!
札幌・円山動物園のマルルとポロロが移動先で2年間限定預託であることの意味は何か?~ その後を予想する
ララの子供たちの将来(下) ~ ドイツ・ハノーファー動物園のシュプリンターとナヌークのハロウィン
蝦夷梅雨、霧雨の日曜日のイコロとアイラ ~ 2011年のドラマ、その残像の光と影
おびひろ動物園のイコロが遂に恩賜上野動物園へ! ~ イコロ、日本の首都・東京で繁殖の檜舞台へ
おびひろ動物園のイコロの旅立ちの日が迫る
おびひろ動物園のイコロ、故郷である「北の大地」を去り、帝都・東京へ ~ お披露目はGW以降との意向
by polarbearmaniac | 2015-04-24 23:30 | Polarbearology

南フランス・アンティーブ、マリンランドのフロッケ親子を訪問したニュルンベルク動物園のスタッフ

a0151913_2231535.jpg
フロッケお母さんとホープ Photo(C)Tiergarten Nürnberg

南フランス・コートダジュール、アンティーブのマリンランドで昨年11月26日にフロッケお母さんから誕生した雌の赤ちゃんのホープですが、このたびドイツのニュルンベルク動物園でフロッケの人工哺育を担当した三人の飼育員さんがアンティーブを訪れてフロッケに再会し、そしてその子育ての様子を見てきたそうです。その印象として、フロッケが愛情を込めてホープの世話をしており、ホープは母親の教育をすんなりと修得している様子を見て非常に喜んだそうです。ホープは時々母親から10メートルほど離れることもあるそうですがフロッケお母さんは怒ることもないそうで、フロッケお母さんは自分が人工哺育されたにもかかわらず、その母親振りは完璧だという印象を持ったそうです。
a0151913_223491.jpg
フロッケお母さんとホープ Photo(C)Tiergarten Nürnberg

ごく最近のフロッケ親子の様子についても映像を一つご紹介しておきます。



ニュルンベルク動物園はこの人工哺育されたフロッケの「適応化 (Socialization)」のために一歳になったばかりのときに、モスクワ動物園からスペインのマドリードの動物園に送られるはずだった一歳の雄のラスプーチン(当時はまだ名前が付いていませんでした)を一年間ニュルンベルク動物園で預かるという当初のスケジュールを利用して同居を行わせてみたわけですが、これが大成功したわけです。当初からフロッケとラスプーチンは理屈の上からは繁殖上のペアに成り得るとニュルンベルク動物園の園長さんは考えていたわけですが、ラスプーチンは当時はあくまで「預かりもの」でしたので、この二頭が将来本当のペアになるかどうかは単なる可能性だけの話だったわけです。 しかしフロッケとラスプーチン、それはまさに運命的な出会いだったと言えましょう。
a0151913_2158464.jpg
ニュルンベルク動物園での同居初日の一歳のフロッケとラスプーチン
Photo(C)DPA

それからこの下の映像はニュルンベルク動物園での2009年秋、つまりフロッケとラスプーチンの二歳の時の映像です。



フロッケはいわゆる「アンデルマ/ウスラーダ系」で、フロッケの血統上の母親のヴェラはモスクワ動物園のシモーナの娘です。つまりウスラーダの孫ということになります。一方のラスプーチンの母親は同じくモスクワ動物園のムルマですので、ラスプーチンは男鹿水族館の豪太の弟にあたります。ロシア系のホッキョクグマ二頭をペアにしようとすれば、すなわち「アンデルマ/ウスラーダ系」とムルマの子供たちというのがほとんど唯一と言ってよい組み合わせなのです。このラスプーチンの血統については先日の投稿である「『ロシア血統の謎』に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う」をご参照下さい。さすがにニュルンベルク動物園の園長さんはフロッケの母親であるモスクワ動物園生まれのヴェラ、そして預かりものだった同じモスクワ動物園生まれのラスプーチン、この血統についての知識があったというわけです。何でも海外から連れてきてペアにすればよいと考えるのとは大きく異なる態度だったのでした。

(資料)
Tiergarten Nürnberg (Apr.22 2015 - Eisbärin Flocke in Antibes ist eine tolle Mutter)
Stern (Jan.7 2009 - Eisbär Flocke hat jetzt einen Freund)

(過去関連投稿)
フロッケの旅立ち、アンティーブの「碧」と「青」の世界へ...
ドイツ・ニュルンベルク動物園の2つの選択(1) ~ ヴィルマとヴェラの出産 
ドイツ・ニュルンベルク動物園の2つの選択(2) ~ 消えた赤ちゃん
ドイツ・ニュルンベルク動物園の2つの選択(3) ~ ヴェラの狂気
ドイツ・ニュルンベルク動物園の2つの選択(4) ~ 赤ちゃん救出劇
ドイツ・ニュルンベルク動物園の2つの選択(5) ~ 安楽死/人工哺育是非論への視座
25年前の東ドイツにいた「もう一頭のクヌート」 ~ ユキ(姫路)とポーラ(仙台)の父親の物語
セルビア・パリッチ動物園のビョルン・ハインリヒ死す ~ ユキ(姫路〕 とポーラ(仙台) の父親の訃報
南フランス・アンティーブのマリンランドでのフロッケとラスプーチン ~ マリンランドTVの映像より
南フランス・アンティーブのフロッケの誕生日 ~ 書かれうるか、人工哺育論の最終章のページ
南フランス・コートダジュール、アンティーブのマリンランドのフロッケに立ちはだかる「繁殖」 という壁
南フランス・アンティーブ、マリンランドでフロッケが出産に成功! ~ 雌の人工哺育個体繁殖不能論の崩壊
南フランス・アンティーブ、マリンランドで昨年11月下旬に誕生した赤ちゃんの産室内映像が公開
南フランス・アンティーブ、マリンランドでの 「ホッキョクグマ誕生の舞台裏」 を描いたTVドキュメンタリー
南フランス・アンティーブ、マリンランドで誕生のフロッケの赤ちゃん戸外に登場 ~ 性別は雌(メス)と判明
南フランス・アンティーブ、マリンランドで誕生の雌の赤ちゃんの戸外での様子を報じる映像公開
南フランス・アンティーブ、マリンランドのフロッケ親子の近況 ~ “Découvrez l'histoire de Flocke”
南フランス・アンティーブ、マリンランドのフロッケの雌の赤ちゃんの名前が "ホープ (Hope)" に決まる
南フランス・アンティーブ、マリンランドのフロッケお母さんと雌の赤ちゃんのホープの近況
「ロシア血統の謎」に迫る(1) ~ ラスプーチン、ゲルダ、血統番号2893個体の三頭の謎を追う
(2011年7月アンティーブのマリンランド訪問記)  
アンティーブのマリンランドへ! ~ フロッケとラスプーチンとの初対面
理念無き商業娯楽施設でのフロッケとラスプーチンの存在
(2015年1月アンティーブのマリンランド訪問記)
元旦事始めはアンティーブのマリンランドへ ~ 回遊のラスプーチンとの再会
by polarbearmaniac | 2015-04-23 22:30 | Polarbearology

カテゴリ

全体
Polarbearology
しろくま紀行
異国旅日記
動物園一般
Daily memorabilia
倭国旅日記
しろくまの写真撮影
旅の風景
幻のクーニャ
エッセイ、コラム
街角にて
未分類

最新の記事

気ままに歩くオールボー旧市街..
at 2017-07-28 05:00
モスクワからコペンハーゲン、..
at 2017-07-28 03:00
ノヴォデヴィチ墓地 (Нов..
at 2017-07-27 05:30
モスクワ、ノヴォデヴィチ修道..
at 2017-07-27 05:00
モスクワのクドリンスカヤから..
at 2017-07-26 05:40
モスクワの「チェーホフの家博..
at 2017-07-26 05:30
ムルマ (Белая мед..
at 2017-07-26 05:20
スネジンカ (Белая м..
at 2017-07-26 05:10
二年振りに訪問のモスクワ動物..
at 2017-07-26 05:00
夜も更けたアルバート通りを歩..
at 2017-07-25 05:45

以前の記事

2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月

検索

ブログパーツ

  • このブログに掲載されている写真・画像・イラストを無断で使用することを禁じます。

ライフログ


人生と運命 1


スターリン―青春と革命の時代


モスクワは本のゆりかご


私のモスクワ、心の記憶


自壊する帝国 (新潮文庫)


甦るロシア帝国 (文春文庫)


嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)


ロシア 春のソナタ、秋のワルツ-1999-21st


それからのエリス いま明らかになる鴎外「舞姫」の面影


ミチコ・タナカ 男たちへの讃歌 (新潮文庫)


わがユダヤ・ドイツ・ポーランド―マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝


ベルリン戦争 (朝日選書)


Hof――ベルリンの記憶


カチンの森――ポーランド指導階級の抹殺


北京烈烈―文化大革命とは何であったか (講談社学術文庫)


慟哭の通州――昭和十二年夏の虐殺事件


主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録 (1965年)


藤田嗣治 異邦人の生涯


Barle's Story: One Polar Bear's Amazing Recovery from Life As a Circus Act


Hotel Adlon: Das Berliner Hotel, in dem die grosse Welt zu Gast war


Ein seltsamer Mann


Alma Rose: Vienna to Auschwitz


St Petersburg: A Cultural History


Gulag


The Guest from the Future: Anna Akhmatova and Isaiah Berlin