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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

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ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド

ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_19334218.jpg
2006年に発見されたハイブリッド
Photo(C)Canadian Wildlife Service / AP

前投稿よりの続き)
さて、こうして19世紀のドイツでの飼育下における事例などによりホッキョクグマとヒグマとが交配可能であることは知られていたわけです。 さらに、いくつかの目撃情報などによりホッキョクグマとグリズリー(ハイイログマ)とのハイブリッドと思われる個体の存在も知られていました。 しかし一般的には自然下においてホッキョクグマが多種のクマと交配することはないと考えられていたわけです。 ホッキョクグマ研究家として著名なイアン・スターリング氏もそう考えていたようです。 それはヒグマであれグリズリーであれ、ホッキョクグマとは生息地が異なり生息環境も異なり、またお互いに相手を避ける習性があるということがその理由として考えられていたわけです。 ところが2006年のある事件によってこの理解・認識は覆されることとなりました。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_19371452.png
2006年の4月にアメリカ人のスポーツハンターであるジム・マーテルという男がイヌイットの持つホッキョクグマの合法的狩猟枠を彼らから購入しカナダ北部のバンクス島で1頭のホッキョクグマと思われるクマを射殺しました(冒頭の写真)。 ところがカナダの自然保護官が遺体をチェックしたところり、白く見える体毛のところどころに茶色い斑点があり、また長い爪、くぼんだ顔面、背中のこぶなど、グリズリーが持つ特徴を備えていることにわかりました。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_1935539.jpg
2006年に発見されたハイブリッドの剥製 Photo(C)National Post

この奇妙な個体に対してDNA鑑定が行われることになり、その結果としてこの射殺された個体は父親がグリズリーで母親がホッキョクグマであるハイブリッドであることが判明したわけです。 公式的に確認されたものとしては自然界で初めてのホッキョクグマのハイブリッドだったということになります。 ホッキョクグマとグリズリー、そしてハイブリッドの体の細部における違いなどを対比させている非常に参考になる映像がありますのでご紹介しておきます。



ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_19381666.jpg
2010年に自然界で初めて確認されたハイブリッドの第二世代
Photo(C)Field and Stream Gallery

次に2010年の4月にカナダ北部のヴィクトリア島のホルマンという寒村の近くでイヌイットがホッキョクグマだと判断して1頭の個体を射殺しました(上の写真)。 ところがこの個体の遺体には明らかにホッキョクグマとは異なる特徴を持っていたわけでした。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_19413330.jpg

白く見える体毛はホッキョクグマのものでしたが、額が広く、そして茶色い足は明らかにグリズリーの特徴であったわけです。 早速DNA鑑定が行われました。 結果は、父親はグリズリー、母親はホッキョクグマとグリズリーのハイブリッドであることが判明しました。 つまりこの個体はハイブリッドの第二世代だということになります。 この地域には最低一頭の繁殖可能な雌のハイブリッドが生息していることを意味します。 自然界において初めて確認された第二世代のハイブリッドということで、極めて意義のある発見だと思います。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_19394348.jpg
Photo(C)CBC News/Joseph Perry

2007年に専門家の現地調査によって明らかにされていますが、一部のグリズリーは本来の生息地から北に500キロも北上していることが指摘されています。 理由としては本来のグリズリーの生息地における生息数が非常に安定しており、生まれる子供の数は増加の傾向にあるために一部のグリズリーは生息地を拡大しようとして北上を続けていると専門家は述べています。 つまり、グリズリーの北上は必ずしも地球温暖化が原因の全てだとは言えないということのようです。 そのうちにグリズリーはホッキョクグマのようにアザラシなどの極地海洋生物を捕食するような習慣を持つようになる可能性すら指摘されています。 そうなった場合、ホッキョクグマとグリズリーとの間で闘争が起きるのか、あるいは共存していくのかが問題となるでしょう。 後者の場合にはハイブリッドが増加するという可能性があります。

以下はイギリスBBCの制作したNatural World の一部("Polar Bears & Grizzlies Bears On Top Of The World.")ですが、ホッキョクグマとグリズリーが地球温暖化の影響に対してどのような立場上の違いがあるかについて述べている点は興味深いです。 ホッキョクグマとグリズリーが分かち合いしはじめているらしいこの極北の地域は、ホッキョクグマにとっては “the start of the sea” でありグリズリーにとっては “the end of the land” だという指摘はなかなか興味深いところです。(*後記 - アップされた方の映像が削除されてしまったようですのでロシア語版を御紹介しておきます。)



さてここで今までの知識を整理しておきましょう。 まず、クマ科のなかで繁殖可能な組み合わせを示してみます。 x が付いたものは繁殖可能な組み合わせです。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_113548.png
ホッキョクグマ(Ursus maritimus)に関しては相手が同じホッキョクグマとの間の他ではヒグマ(Ursus arctos)とのみ繁殖可能であることを示しています。 グリズリー(ハイイログマ - Ursus arctos horribilis)はヒグマの亜種ですからこれとも繁殖可能です。 コディアック(Ursus arctos middendorfii)もヒグマの亜種ですので、やはりこれとも繁殖可能です。

次に外見を比較してみます。以下の写真をご覧ください。左上が雌のハイブリッド、右上が雄のハイブリッド、左下はヒグマ、右下はホッキョクグマです。
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(3) ~ 自然界におけるホッキョクグマのハイブリッド_a0151913_0571638.jpg
Photo:Alexandra Preuß

ホッキョクグマのハイブリッドという存在の増加が好ましいのか否かという問いそれ自体は意味のないものでしょう。 何故なら、好ましかろうがなかろうがホッキョクグマとグリズリーとの遭遇の結果引き起こされることは我々人間には手の出しようのないことだからです。 また、ハイブリッドが醜いかそうでないかという問いも意味がないでしょう。 何故なら、「醜い」か「醜くない」かは人間の側の審美観の問題であり、physicalな存在であるハイブリッドそれ自体とは無関係だからです。 だたしかし、もしホッキョクグマのハイブリッドの姿を見て「醜い」と感じるのであれば、それはすなわち我々人間が行っていること(環境破壊等)が「醜い」ということの反射的な投影なのだということは言えるかもしれません。

では、「お前はホッキョクグマのハイブリッドの存在をどう感じるか」と問われれば、少なくとも私は「興味はない」と答えます。 そして私はヒグマやグリズリーにも興味はないことも告白しておかなければなりません。 ホッキョクグマならば愛情と畏敬の念を出発点にして知の領域まで突き進んで色々と知識・情報を収集、研究しようと思いますが、そういった出発点が欠落している事物・事象に関して知の領域に入り込むことは、私にとっては不可能です。 

ホッキョクグマに関して言えば、彼らの生息地を自国内の領土に持つ国はカナダ、アメリカ(アラスカ)、ロシア、デンマーク(グリーンランド)、ノルウェイ(スヴァールバル諸島)といった国々です。 動物園での飼育頭数が多いのはアメリカ、ドイツ、ロシア、オランダといった国々です。 ですのでホッキョクグマ研究といえば、こういった国々で成果をあげており、しかもそういった成果は主に英語、ロシア語、ドイツ語などでなされており、こういった言語は同時に文化・芸術・歴史の面においても豊かな果実をもたらせてくれます。 そういった意味でも私にとってはホッキョクグマの情報収集・研究はさほど苦になりません。 実はホッキョクグマ以外にも興味があって好きな動物はいくつもありますが、彼らを研究するだけの時間が今のところ無いのが残念です。

(資料)
msnbc (May.11 2006 - Wild find: Half grizzly, half polar bear)
CBC News (May.10 2006 - Strange bear was grizzly-polar hybrid, tests show)
National Geograhic (May 11 2006 - Photo in the News: Polar Bear-Grizzly Hybrid Discovered)
CBC News (Apr.30 2010 - Bear shot in N.W.T. was grizzly-polar hybrid)
National Post (May.2 2010 - A grolar? A pizzly? Scientists confirm grizzly-polar bear cross)
Field and Stream (Jun. 2 2010 - How an Inuit Subsistence Hunter Shot the Only Second-Generation Polar/Grizzly Hybrid Ever Confirmed in the Wild)
CBC News (Apr.26 2012 - More 'grolar' bears spotted in N.W.T.)
Anchorage Daily News (Apr.26 2012 - More polar-grizzly hybrid bears killed in Canada)
CBC News (Oct.7 2007 - Grizzly thoughts go to far northern travel)
BBC Earth News (Oct.30 2009 - Polar bear plus grizzly equals? )

(過去関連投稿)
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(1) ~ ドイツ・オスナブリュック動物園のティプスとタプス
ホッキョクグマの雑種(Ursid hybrid)を考える(2) ~ セルビア ・ ベオグラード動物園を覆う深い謎
by polarbearmaniac | 2012-07-06 08:00 | Polarbearology

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