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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

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「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」 という説は本当なのか? ~ 過去の事故例から考える

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ポロロ (2013年7月20日撮影 於 札幌・円山動物園)

ホッキョクグマについて書かれた海外の文献や記事などを読んでいきますと、日本における私たちのホッキョクグマに対する理解と海外、特に欧米の人々のホッキョクグマに対する理解が少々異なっていることに気が付かされます。 たとえば欧米では 「ホッキョクグマには利き足(利き前脚)があって、それは左である。」 という理解が一般的ですが、そういったホッキョクグマの利き足(利き前脚)の存在の有無について日本ではほとんど話題になりません。  実はこの「ホッキョクグマ左利き説」 は全く根拠のないものである点については以前、「ホッキョクグマの赤ちゃんの授乳時の左右の位置関係と性別、及び『左利き/右利き』 との関係について」 という投稿で触れました。

一方で逆に日本においては語られ、そして信じられていても欧米では話題にもならない説に 「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」 というものがあります。 この説について私は某動物園の某飼育員さんが実際にそう語るのを複数回聞いたことがあります。 「だから堀には落ちない。」 とも付言していらっしゃいました。 ところが、この「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」 という説について少なくとも私が今まで欧米の文献や記事でそのように指摘しているものを読んだ記憶がありません。 また、「ホッキョクグマのバランス感覚」云々という視点で語られているのを読んだ記憶も聞いた記憶もありません。 さて、ではこの「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」 という説が本当に正しいのかそうでないのかを動物学のような視点ではなく過去の実際の事例と合わせて考えてみたいと思います。
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Photo(C)Daily Mail

実はホッキョクグマはバランス感覚に優れているらしいことを暗に示しているのではないかと思われる写真をご紹介しておきます。 それが上の写真です。 これはロシア極北のノーヴァヤ・ゼムリャー島でウミバトの卵を狙ってホッキョクグマが岩壁を下降している様子をカメラマンが撮影したものです。 実はこのホッキョクグマはこうして何度か足を滑らせつつも岩壁をかなり降りたそうですが結局は卵を取れずに、また岩の上まで無事引き返したそうです。 こういったシーンなどを見るとホッキョクグマのバランス感覚は抜群であるような印象を持ちます。 実はいくつかの場所でこういったホッキョクグマが岩壁にいるシーンの目撃者は多いものの、少なくともホッキョクグマが転落したシーンを見た人はいないようです。 ところがたとえば以下のカナダでのシーンですが岩壁の途中で動けなくなってレスキュー隊が救出した例があります。 途中で海に落下していますが、下でレスキュー隊員が待ち受けていてこのホッキョクグマが無事だったのは何よりでした。



さて、飼育下ですが動物園によっては飼育展示場に深い堀の存在している施設があります。 そういった施設でホッキョクグマが堀に転落したケースがないかと言えば、非常に最近では3例存在しています。 まず2007年にアメリカのメンフィス動物園で起こった事件で、これは以前の「ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか? ~ 大ケガから回復したホッキョクグマ、元気に故郷に里帰り!」という投稿でご紹介していますので是非それをご参照いただきたいのですが5歳の雌のクランベアリー (Cranbeary) が約4.5メートルの堀に転落し重傷 (左後脚の複雑骨折)を負ったものの大手術の末、4か月後に展示場に復帰するほど回復したという事例です。 この事故はもう一頭の雄のホッキョクグマに押されて落下したという状況でした。
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クランベアリー Photo :Southern Byways

次の例は2008年にやはりアメリカのミルウォーキー動物園で飼育されていた18歳になる遊び好きな雄のホッキョクグマのゼロ(Zero) が堀の方向にころがったおもちゃを追いかけて勢い余ってバランスを崩して飼育場の縁を踏み越えてしまい、真っ逆さまに下の堀に落下してしまったという事件です。 この時は堀の地表の上1メートルほどのところに安全用のネットが設置されていたためにゼロに全くケガはなかったわけでした。 この件について詳しくは以前の投稿である「ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか?(その2)(前) ~  動物園の危機管理」、及び「ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか?(その2)(後)~ 堀に居座ったホッキョクグマ」をご参照下さい。

次の例は今年の5月の実に痛ましい事件でデンマークのオールボー動物園の2歳半のアウゴが約5メートル下の安全用の堀に転落して重傷を負い安楽死の処置がとられたという事件です。
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落下したアウゴ Photo(C)Martel Andersen

この事件については「デンマーク・オールボー動物園のアウゴが約5メートル下の堀に転落、重傷を負い安楽死の処置にて死亡!」を再度ご参照下さい。 何故アウゴがこの堀に転落したかの状況は不明のままです。 この時のアウゴは両前脚の骨折という重傷で安楽死という判断になったのですが、先のメンフィス動物園のクランベアリーは左後脚の複雑骨折で獣医さんはあえて生かして手術の道を選んだわけです。 このあたりの判断は微妙ですね。 私はいまだにこのアウゴの件についてなにか吹っ切れないものを感じています。
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オールボー動物園の安全用の堀 Photo(C)Martel Andersen

最初にあげたノーヴァヤ・ゼムリャー島での岩壁と飼育下の安全用の堀とを比較すると、これはもう圧倒的に前者のほうが危険極まりないわけなのですが、以上の例でいえば、ノーヴァヤ・ゼムリャー島の岩壁下りはホッキョクグマが全てその状態を把握したうえで敢えて自らの意思で岸壁を降りており、飼育下の堀での事故の場合は他の個体とのからみで落下したりおもちゃに気を取られて落下したりという、いわゆる自分の意思ではない外的な要因が存在しているわけです。 そうなると単純に考えれば、ホッキョクグマは周りの状況が完全に把握できているときは極めてバランス感覚に優れているということも言えそうですが、そう簡単にも言い切れないように思います。
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マルル (2013年8月19日撮影 於 札幌・円山動物園)

そもそも「バランス感覚に優れている」 というのは何と比較してそう言えるかということも問題です。 人間との比較は難しいでしょう。 何故なら人間は二足歩行でありホッキョクグマは四足歩行ですから、そもそも比較の条件が異なるわけです。 しかし、あえて少し荒唐無稽な例を考えてみましょう。 札幌・円山動物園のホッキョクグマ展示場の縁ですが、仮に小学校1年生100人を無作為に抽出しても全員はあそこを歩く能力があり堀に落ちる子供は一人もいないでしょう。 しかしそもそもその前に、子供たちはあそこを恐ろしがって歩かないでしょう。 歩き通す能力はあっても恐怖心(つまりこの場合は危険察知能力)が勝るわけです。 ところがあそこで生まれたララの子供たちは難なく歩いているような感じです。 となれば、要するにあそこの縁を歩けるか歩けないかと言うことはバランス感覚の問題ではなく、恐怖心があるかないかの問題である という気がします。 ノーヴァヤ・ゼムリャー島の岩壁でも人間はザイル無しでもホッキョクグマと同じ位置まで降りることはできるでしょう。  しかし敢えてザイル無しでそのような危険を人間はおかさないということです。 こういったことから考えると、「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」 というのは検証が困難な解釈であって、実は 「ホッキョクグマは高さと傾斜に関しては危険察知能力が鈍感である」 と言った方が正しいのではないかということです。 つまり、「あそこを上る、下る、歩くのは危険だ」と感じる能力が欠如している(あるいは鈍感である)というのが正解のような気がします。

となれば、実際に「ホッキョクグマはバランス感覚が優れている」かと言う説が正しいか正しくないかを問わず論理的帰結は、堀のある施設は安全対策が不可欠であるということになります。 やり方は二通りあり、落ちないように縁に「止め」を設置するか、それともミルウォーキー動物園のように安全ネットを設置するかですが、後者のほうが優れていると思います。 何故なら「止め」を設置しても落下の可能性がゼロとは言えないからです。 ただし難点は、安全ネット上に落下したホッキョクグマを再び展示場に戻す場合にやや手間がかかるかもしれないということです。 さらに、そうやって安全ネットの上に飛び降りることに快感を覚えて何度も何度も遊びの感覚で自分で飛び降りるホッキョクグマがあらわれる可能性があるということです。 そうはいっても安全ネット設置は、安全性という観点では間違いのない方法だとは思います。

(*後記 Sep.24 2013) 本投稿は昨夜書いてアップしたものですが、本日マルルが堀に転落したという事実を知りました。 現時点では無事であるらしいですが、あの高さから落下して何のケガのなかったとは信じがたく、神に感謝するより前に今後のマルルについては数日間、要観察としたほうがよいでしょう。 頭を打っていないかということも心配です。 円山動物園は現時点では公式的に何のコメントも出していないようですが、それはマルルが現時点では元気だからと勝手に解釈したいところです。場合によっては現在のララ親子の展示場は一時的に閉鎖してでも早急に安全対策をとったほうがよいと思われます。 それから、そういう対策を至急取るように円山動物園に要求できる資格があるのは、まずは札幌市に住民税などを支払っている納税者です。 ですから札幌のファンは納税者の当然の権利として札幌市に対策を要求しなければいけません。 その場合、「円山動物園の動物たちは札幌市の資産であるので、その資産が毀損、滅失する危険性の放置は許されない。 至急対策を講じてほしい。」 と要求すべきでしょう。 行政を動かすには「危険だ」「危ない」「可哀想だ」と言う言葉ではなく「市の資産の毀損、滅失の可能性」という冷たくて堅い言葉のほうが効果的です。 行政が動きやすい論理をこちらの側から彼らに提供すべきでしょう。

(*後記2) 落下したのはマルルのほうでしたね。 最初はポロロと書きましたが、上記のように訂正しておきます。 何かポロロのほうが落ちそうなイメージがあって、ついうっかりポロロと書いてしまいました。 失礼いたしました。

(資料)
Daily Mail (Aug.30 2011 - The bear who dared: Awesome polar animal descends 300ft cliff in a bid to scavenge eggs from some VERY surprised birds)

(過去関連投稿)
ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか? ~ 大ケガから回復したホッキョクグマ、元気に故郷に里帰り!
ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか?(その2)(前) ~  動物園の危機管理
ホッキョクグマが堀に落ちたらどうなるか?(その2)(後)~ 堀に居座ったホッキョクグマ
デンマーク・オールボー動物園のアウゴが約5メートル下の堀に転落、重傷を負い安楽死の処置にて死亡!
by polarbearmaniac | 2013-09-23 23:30 | Polarbearology

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