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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

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「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか

「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか_a0151913_2053737.jpg
ミルク (2013年5月1日 一般公開日初日撮影 於 男鹿水族館)

秋田魁新報の本日15日付の報道で、秋田県は来年春にも男鹿水族館で昨年12月に誕生したミルクを来年早い時期に釧路市動物園へ移動する方向で調整していることが報じられました。 秋田県観光文化スポーツ部の部長さんは、「(ミルクを釧路市動物園へ移送する日程は)交渉中だが、現段階の想定では、来年の早い時期に(釧路に)移すことになるだろう。次の繁殖を期待してスケジュールを考えている。」と県議会決算特別委員会の質疑で発言しているとのことです。 となれば、ミルクが来年釧路へ移動することは決定事項であり、時期的には1月中だろうと考えるのが正しいだろうと思います。

まあこれは日本の今までのホッキョクグマの幼年個体移動のスケジュールから言えば格別おかしなことではないように思います。 ただし、欧州やアメリカでは1歳になったかならないかの幼年個体の移動は全く一般的ではなく、多くの欧州のファンの方々の「何故ですか?」 という疑問が日本の幼年個体の移動の際に常に発せられます。 私はその「早すぎる移動」の理由を海外の方々に説明しようという気にならないのは、私自身も基本的に欧州(そしてアメリカ)の幼年個体移動時期の選定(おおむね誕生後約2年前後)の方が正しいと考えているわけで、自分が正しいとは思わない日本のやり方を自分の意に反して海外の方に説明しようとは思わないからにすぎません。
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(11) ~ 母子をいつ引き離すか_a0151913_2012940.jpg
ミルク (2013年5月1日 一般公開日初日撮影 於 男鹿水族館)

このホッキョクグマの幼年個体をいつ母親と離れさせるかについては、実は私は来年の早い時期に「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)よりの考察」というシリーズで投稿しようと思っていたわけで、その際にこの日本(そしてロシア)で一般的な「1年間」と欧米の「2年間」との比較を行ってみたいと考えていたところでしたが、今回のニュースにひっかけてとりあえずアメリカ動物園・水族館協会 (AZA - Association of Zoos and Aquariums) が作成した「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Polar Bear Care Manual)」(pdf) においてこのことをどう規定しているかを抜き出しておきます。 第四章の ”Social Environment” にその記述があります。 関連個所の主な部分のみを抜き出します。

4.1 Group Structure and Size
Separation of mothers and offspring: In the wild, the family group breaks up when the cubs are about two and a half years old. In AZA-accredited zoos and aquariums, young polar bears should stay with their mothers for a minimum of one year. If the cub is not to be sent to another institution, it can remain with its mother for longer periods. In the wild, mothers drive off the cubs or abandon them suddenly. Although gradual separation may seem desirable in zoos and aquariums, some polar bears exhibit increased anxiety if this is attempted, and an abrupt separation of polar bear cubs and mothers may be best.


結論的には幼年個体が母親と過ごす期間を「最小限で1年間 (for a minimum of one year)」と規定しています。 ですから別に日本(そしてロシア)のやり方が悪いと言うわけではありません。 ただし実は上の記述は「離乳 (Weaning)」との関係が問題になってくるわけです。 第七章の”Reproduction” の中の二つの記述に注目することとします。

7.3 Pregnancy and Parturition
Cub rearing: In situ polar bear cubs are typically born by early January, but do not emerge from the den with their mother until late March or early April. In situ litter size averages 2-3 cubs, and can vary with the age of the mother. Females will rear cubs for 2-3 years, and they will not breed again until the cubs are weaned due to lactational anestrus. Although the minimum successful reproductive interval for polar bears is generally 3 years, early weaning of cubs (in situ and ex situ) can lead to some females experiencing a 2-year reproductive interval.

7.5 Assisted Rearing
Weaning: In situ polar bear cubs nurse for up to 2-3 years in the wild. The age at which nursing transitions from nutritional dependence to social bonding with the sow however, is unclear.


この2つから読み取れることは、母親が子供たちと別れる時期は「離乳 (Weamnin)」 の時期が関係しているということです。 そして更に、最も短期間で次の繁殖に移行するには3年間を要するものの、離乳時期によっては2年間で次の繁殖が可能となる雌 (some females) もいるという記述です。 つまり、本来は3年間のサイクルがホッキョクグマの雌の繁殖の基本であるという認識の存在です。 欧米の動物園の3年間のサイクルでの繁殖というのは、日本(そしてロシア)の2年間の繁殖サイクルよりもホッキョクグマという種の繁殖においては基本的であり、そして理想的であるという意味が読み取れます。 こういった理由で欧米の動物園では繁殖に3年サイクル(つまり親との同居が2年間)を適用しているということは明白であるように思われます。 ではなぜ第四章で「最小限で1年間 (for a minimum of one year) の同居」、つまり2年サイクルでの繁殖もAZAのマニュアルで許容するかと言えば。それはそれぞれの施設規模、環境が異なる複数の動物園における繁殖という実際面、現実面の都合を考慮したからだろうと考えるのが合理的であり、「2年サイクルでもいたしかたない場合もある」 として許容しているという程度でしょう。 ロシアの動物園のホッキョクグマの繁殖は伝統的に個体を海外に売却することを基本としてきました (最近は必ずしもそうではありませんが)。 ですので親子の同居は1年、あるいはそれ未満というわけです。 一方で日本の動物園は個体を海外に売却するというような方針はありませんので、本来は欧米のように親子同居は2年間(つまり3年間のサイクル)での繁殖を行うのが望ましいわけですが、ホッキョクグマの姿が次第に消えつつある日本のホッキョクグマ界においては、とにかく頭数を確保することが第一という考え方をせざるを得ず、札幌のララの繁殖を2年サイクルにせねばならないという状況だと理解してよいでしょう。 ただしこの2年サイクルを当然だと認識する考え方は、動物学を背景として飼育下の動物の繁殖計画を遂行している欧米ではほとんど通じない考え方でしょう。 私は何事でも欧米が優れているというような欧米礼賛主義者ではありません。 問題なのは、欧米にせよ日本にせよ、ちゃんとした研究結果・報告を背景にした合理的考え方であるかどうかが重要だと考えています。 日本やロシアのやり方(親子同居は1年、つまり2年サイクルでの繁殖)は単に「お家の事情」であって、そこには合理性はないと考えます。

さて、さらにその親子の「別れさせ方」ですが、動物園などでは「徐々に」離していくことが望ましいとしている一方で、そうすることで不安を増大させるような場合(つまり、飼育展示場がそうしたことのできない構造である場合)には、突然引き離すのが一番良いかもしれないとも述べています。 以前に、「モスクワ動物園の幼年個体、ペアとして中国・北京動物園へ」という投稿をしていますので是非それをご参照いただきたいのですが、モスクワ動物園がムルマ(豪太の母)から彼女の一人娘を母親から別れさせる場景をご紹介しています。 豪太もこれと全く同じ「だまし討ち」のようなやり方でムルマお母さんとモスクワで突然の別れを体験したことに間違いないと思います。 しかしこのモスクワ動物園のやり方は、さすがに長年ホッキョクグマの繁殖に成功し続けている実績を背景とした、実に巧みなやり方だと思います。 まさにこれは、"an abrupt separation of polar bear cubs and mothers" だということが言えましょう。

さて、AZAのマニュアルの記述内容から離れて考えてみます。 問題の男鹿水族館のミルクですが、豪太の次の繁殖のために来春早々にミルクが釧路に移動せねばならないのだという事情だと考えれば、AZAのマニュアルを逸脱しているとは言えないでしょう。 私の個人的印象では、ミルクは年末にでもクルミと引き離しても大丈夫だろうと思っています。 こういうような特異な幼年個体は世界でもカザン市動物園のユムカと男鹿水族館のミルクぐらいでしょう。 前者にあっては母親からの独立心が非常に強くて性格的にも強いという点、後者にあっては娘はもう母親は不要であるという両者の行動力学が存在している点です。

「クルミ返還で調整」という8月の報道内容が正しいかどうかわかりませんので、今後の豪太のパートナーはずっとクルミであり続けるのか、それともツヨシになるのかがわかりません。以前にも書きましたが、こうしたことは日本のホッキョクグマ界全体に関わる問題ですので秋田県と釧路市の間だけで話を進めることに危うさを感じます。 ましてや、背景に集客云々の思惑のみがあるとすれば問題でしょう。 そういった意味でも、欧州ではEAZAのコーディネーターに強い調整権限を与えている点には合理性があるように思います。

(*追記1) - こうして考えていきますと、実は本稿のタイトルである「母子をいつ引き離すか」という問題設定は正しくなく、「何年サイクルで雌を繁殖させるか」ということにこそ問題の本質があるということになります。 ですから、 「子供は母親と何年同居させたほいがよいか」 という子供を視点の中心に据える考え方は必ずしも正しくなく、親の繁殖サイクルに合わせて子供が同居する期間が決まってくるという順序で考えるべきでしょう。 そうすると、繁殖サイクルは2年なのか3年なのかが問題であるということになります。 3年が基本であり2年は極めて例外であるというのがAZAのマニュアル、そして欧米の考え方にあるわけです。 AZAのマニュアルの表現を借りますと背景にあるのは、"...based on the current science, practice, and technology of animal management." ということになります。 つまり繁殖を含めたホッキョクグマの飼育は、あくまで科学と技術と実践の結合であるという認識です。 それは、野生下であっても飼育下であっても繁殖においては生理学的な違いはなく、本来のホッキョクグマ(つまり野生下)の繁殖の3年サイクルが飼育下においても適正なサイクルであるという認識を結論のベースにしているわけです。

(*追記2) - こういう言い方があります。 それは、「飼育下では母親はアザラシ狩りを子供たちに教える必要がないから親子の同居は1年でよい。」という考え方です。 この考え方には、「ホッキョクグマの雌は何年サイクルで繁殖させるべきか」 という問題意識と考察が欠落しており、「アザラシ狩り教育は不要」であることを単純に「同居は1年でよい」という考え方に結び付け、そしてさらにそれを「2年サイクルの繁殖」ということに安易に結び付けている点です。 これは幾分粗雑な発想であるように思われます。

(*追記3) - 飼育下において野生出身の雌と飼育下出身の雌のどちらが繁殖率が高いかといえば、過去(1960年代あたり)から今までの世界のいろいろな例を記録その他で見てきた限りでは、これはあくまでも私の印象で数字として捕まえてはいませんが、皮膚感覚と経験だけで言えば後者のほうがかなり高いという感じがします。 仮にそれが正しかったとすれば、いったい何故なのかを考えてみたいところです。 前者と後者の大きな違いは何だろうかということです。 考えうる可能性の一つは、後者のほうが母親と長く一緒に過ごした時間が前者と比較すると遥かに長いということです。 前者は、母親が春になって子供たちと一緒に巣穴から出てきて間もないうちに人間によって射殺され、子供は孤児となって人間に保護されて動物園で飼育されるようになったという個体です。 つまり前者は母親とはせいぜい長くても半年ほどしか暮らしていないということです。 そういえばウスラーダ、シモーナ、オリンカ、ララといった現在の「大物お母さん」たちは皆、後者の飼育下の出身です。 前者の野生出身での「大物お母さん」はフギースとムルマぐらいでしょう。 そうなると、母親と過ごした年月が長い雌のほうが繁殖に有利であると考えることは荒っぽくではありますが可能ではあります。 そう考えると、母親と過ごした時間がほとんどない人工哺育された雌は繁殖しにくい、あるいはほとんど繁殖しないことの理由の説明にもなるような気がしないわけでもありません。 しかし「2年サイクル(母親と1年同居」と「3年サイクル(母親と2年同居)」のどちらの場合から生まれた雌が繁殖率が高いかということを考えるのは容易ではないでしょう。  ただし、これだけは言えるでしょう、つまり野生下と飼育下のどちらがホッキョクグマの繁殖率が高いかといえば、これは前者です。 前者の場合はほとんど全て、母親とは2年~2年半を過ごした雌が今度は自分が母親になって繁殖を行うわけです。 となれば一応は、「母親と2年~2年半を過ごした雌」は繁殖率が高いということを言うのは不可能ではないようにも思うわけです。 おっと、しかしこれは推論の上にさらに推論を積み重ねた、まさにこれこそ飛躍のある雑駁な話になってしまっていますね。 この考え方の弱点は、「母親と過ごした時間の長さ」を単純に「繁殖率」に結び付けている点です。 しかし私の心証では、これは必ず関係があると思っています。

(資料)
Association of Zoos and Aquariums - Polar Bear (Ursus Maritimus) Care Manual
秋田魁新報 (Nov.14 2013 - ミルク、来春にも釧路市動物園へ 県、第2子繁殖へ準備)

(過去関連投稿)
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(1) ~ 雄雌の同居は繁殖行動期に限定すべき?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(2) ~ ホッキョクグマの訓練をどう考えるか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(3) ~ 胸部の変化は妊娠の兆候と言えるのか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(4) ~ 産室内の授乳の有無をどう判断するか
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(5) ~ 赤ちゃんの頭数・性別は事前予測可能か
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(6) ~ Courtship Behavior の位置付け
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(7) ~ 産室内の母親は室内に留め置くべきか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(8) ~ いつ頃から赤ちゃんを水に親しませるか?
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(9) ~ 同居を許容しうる雌雄の頭数構成
「ホッキョクグマ飼育マニュアル(Care Manual)」よりの考察(10) ~ 出産に備えた雌の「隔離」とは?
by polarbearmaniac | 2013-11-15 01:00 | Polarbearology

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