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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


by polarbearmaniac

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アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性

アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7422850.jpg
このアンデルマ(Амдерма) の偉大さは1989年の秋にロシア極北のアンデルマの街に息子を連れて忽然と姿を見せた頃からその「伝説」は始まったのである。その時に連れていた息子こそ現在レニングラード動物園で飼育されている帝王メンシコフである。このメンシコフの優秀な繁殖能力によってパートナーのウスラーダは出産を重ねアンデルマには次から次へと孫が誕生した。またアンデルマ自身も野生下から飼育下へと大きく環境が変わったものの、飼育下においても自身の繁殖に成功し続けたのである。「アンデルマ/ウスラーダ系」の今日の隆盛はアンデルマと彼女の息子であるメンシコフによってもたらせられたものである。その中でも傑出した存在がアンデルマの孫であるモスクワ動物園のシモーナである。
アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7483788.jpg
さて、野生下で誕生したため年齢が不詳であるアンデルマだが、現在「34歳説」と「31歳説」があるがペルミ動物園では前者を採用しているが私は後者を支持している。いずれにせよ彼女は30歳を優に超えているのである。
アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7461627.jpg
このアンデルマがまた世界のホッキョクグマ界に大きな驚きをもたらせた。繁殖可能年齢を遥かに超えた彼女は自分の子供でもなかった一歳になったかならないかのカザン市動物園のユムカと野生孤児のセリクに対して、授乳の代償行為となる行動を行ったのである。それが現在まで継続している、この自分の耳を乳首代わりに舐めさせるという行為である。ユムカとセリクはまるで授乳時のような声を喉の奥から発している。何故なら彼らは授乳と同じ感覚をアンデルマの耳を舐める行為から得ているからである。ロシアの動物園関係者はこういったことに非常に驚いているそうである。何故なら、雌のホッキョクグマというのは自意識が非常に強く、自分の子供以外に授乳行為、もしくは「授乳代償行為」を行うといったことは決してやらないからである。またたとえ自分の子供であっても数日間姿を消して再会したとしても、もうその子供に授乳行為は行わないという例は何例も報告されている。
アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7535590.jpg
自分の子供でもない幼年個体に授乳して自分の子供として育てるという、この ”Offspring Adoption” という行為はかつてカナダの野生下で厳密には一例が報告されているだけである。ところがアンデルマはこの ”Offspring Adoption” という行為を事実上こうして飼育下で行っている。これが奇跡的なことなのである。犬猫やその他の小動物のような自意識の薄い母親ならば自分の子供以外に授乳したり、あるいは「授乳代償行為」を行うことは珍しくはないが、それは犬や猫の母親はホッキョクグマの母親よりも自意識が欠けていて非常に単純な動物だからである(だから私は犬猫や小動物の親子関係には興味はない)。
アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7562833.jpg
そもそも「母性」というものの本質は普遍的なものではなく自分の子供だけに対して発揮されるものである。以下は歌人である与謝野晶子の作品の一部である。最初の作品は自分の息子ではなく弟について述べているわけであるから正確には「母性」とは言えないが、しかしそれに近いものがある。

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。

(以下、略)
(与謝野晶子 「君死にたまふことなかれ」 1904年)

水軍の大尉となりてわが四郎み軍に往く猛く戦え
三千年の神の教へに育てられ強し東の大八嶋びと
ひんがしの亜細亜の州をみちびくと光りをはなつ菊の花かな

(与謝野晶子 「白櫻集」より 1942年)

最初の作品は「反戦」、次の作品は「戦争賛美」の作品と理解されており、一般的には与謝野晶子は「反戦」から「戦争賛美」へと考え方が変わったのだと理解されているようだが、私の考えではそれは違う。そもそも自分の身内(おおむねそれは息子)ならば死んでは困るわけだが他人の息子ならばどうでもよい話なのである。第一次大戦には自分の身内(この場合は弟であったが)が参加していたために 「君死にたまふことなかれ」 なのであるが、第二次大戦には身内(特に息子)が参加していないから戦争賛美は当然のことなのだ。だから与謝野晶子の考え方、感じ方は一貫していると私は考える。そもそも「母性」(与謝野晶子の場合は対象が息子ではなく弟ではあったが)というものは普遍的ではなく、自分の息子(あるいは身内)にのみ発揮されるものであり、他人の子供などが死のうが、それは関係のない話である。地球上の全ての人間の母親の母性は他者との関係において程度の差こそあれ、全てそういったものである。札幌のララの母性もそうした母性である。 そしてそれは全てのホッキョクグマの母親においても然りである。


アンデルマの表情の変化

ところがアンデルマの「母性」はそうではない。彼女の「母性」は絶対的、普遍的、利他的であり、自分の息子や娘でもないユムカやセリクに「授乳代償行為」を行うわけである。母親の自意識が非常に強いホッキョクグマという種に関する動物学の常識を超えたのがアンデルマの「母性」である。つまりアンデルマはホッキョクグマという種を超えたのである。 そしてまさに真の意味で彼女は超絶的で至高の存在となったわけである。
アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性_a0151913_7445665.jpg
彼女は二年前に会った時と比較しても足腰の衰えといったものをまるで感じさせない。素晴らしいことである。 アンデルマの末長い健康を祈りたい。

Nikon D5500
Tamron 16-300mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD MACRO
Panasonic HC-W870M
(Aug.12 2015 @ペルミ動物園)
by polarbearmaniac | 2015-08-13 03:45 | 異国旅日記

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