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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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カナダ・トロント動物園のイヌクシュクが繁殖から事実上の「強制引退」か? ~ 同園の大胆な決断

カナダ・トロント動物園のイヌクシュクが繁殖から事実上の「強制引退」か? ~ 同園の大胆な決断_a0151913_2123269.jpg
イヌクシュク Photo(C)Toronto Zoo
(Inukshuk the Polar bear/Белый медведь Инуксук)

事態が急展開してきたようです。これは腰を落ち着けてじっくりと考察せねばならない問題です。カナダのトロント動物園が発表したところによりますと、同園で飼育されている野生出身で13歳である雄のイヌクシュクが9月28日にオンタリオ州・コクレーン(Cochrane) の「ホッキョクグマ居住村(Polar Bear Habitat)」に移動することが発表されました。イヌクシュクは今まで何度もこの「ホッキョクグマ居住村」に移動し、そしてトロント動物園に戻ってくるという生活を行っていたのですが、それはトロント動物園でオーロラとニキータという野生出身で15歳の雌の双子姉妹がイヌクシュクをパートナーとした繁殖において出産準備のための環境作りのためにイヌクシュクがコクレーンの「ホッキョクグマ居住村」に一時出張するという形をとったからです。今回の彼のコクレーン行きもそういった目的であるとトロント動物園は述べつつも、イヌクシュクはすでに5頭(タイガガヌーク、ハドソン、ハンフリー、ジュノー)の父親となっているために、トロント動物園としては新しい繁殖プログラムを検討したいという意向だそうです。これはすなわちイヌクシュクを事実上繁殖計画から今後は除外するという意図であることは明白です。トロント動物園はイヌクシュクのコクレーン滞在は長くなるとも述べていることはこれを裏付けているわけです。
カナダ・トロント動物園のイヌクシュクが繁殖から事実上の「強制引退」か? ~ 同園の大胆な決断_a0151913_2364211.jpg
イヌクシュク Photo(C)Toronto Zoo

トロント動物園としてもこれは思い切った決断だと思います。今年の年末には双子姉妹のオーロラとニキータに出産が期待されているわけですがオーロラは過去に数回出産したものの結局は自分で育児を行うに至らず、ハドソンハンフリージュノーの3頭が人工哺育で育てられたわけです。カナダでは飼育下で19頭のホッキョクグマが飼育されているわけですが、そのうちイヌクシュクの血の入った個体は彼自身を含めて6頭です。このイヌクシュクの繁殖能力は定評があり彼の子供は5頭ではあるものの、実はオーロラはもっと多くを出産していたものの死亡してしまった個体が多いというだけのことなのです。トロント動物園としてはイヌクシュクに代わる別の雄を導入しようとするのは当然のことで、仮に年末にオーロラとニキータが出産、そして育児に成功しなければ来年早々イヌクシュクに代わる雄の個体がトロント動物園に導入されることになると思います。
カナダ・トロント動物園のイヌクシュクが繁殖から事実上の「強制引退」か? ~ 同園の大胆な決断_a0151913_294680.jpg
トロント動物園で保護された野生孤児イヌクシュク(2002年2月)
Photo(C)Toronto Zoo

欧州でもオランダ・レネンのアウヴェハンス動物園に暮らしていたヴィクトルが多くの繁殖に成功した後に15歳で繫殖から「強制引退」させられてしまい現在はイギリスのヨークシャー野生動物公園に暮らしていますが、私はまさか今回のイヌクシュクが5頭の子供たちの父親となった段階でこうしてトロント動物園での繁殖計画から早々と外されてしまうとは予想していませんでした。トロント動物園はすでにオーロラの出産に対して三回も人工哺育を行っていますが、さらに今年の年末にも必要ならば四回目の人工哺育を試みるかといえば、私はその決断は難しいように思います。ということは双子姉妹のもう一頭であるニキータの出産に期待したいわけですが、ニキータはまだ出産経験はないはずでイヌクシュクとの相性問題を考慮に入れてイヌクシュクとは別のパートナーを導入したほうがよいと考えた可能性もあるかもしれません。こういったことがイヌクシュクの繫殖からの事実上の「強制引退」の決定を後押しした可能性は十分あると思われます。ただしかし、イヌクシュクの後継としてトロント動物園に来園する雄のホッキョクグマがどの個体になるかは別にして、その個体が本当に繁殖能力があるかどうかは全くの未知数なのです。一方でイヌクシュクの繁殖能力は絶対とも言えるほど定評があるわけです。トロント動物園にとっては一種の賭けでしょう。しかしそうした賭けを行ってまで実現したいのは血統の多様性の維持ということだろうと思われます。(*追記 - カナダにおける飼育下のホッキョクグマの繁殖計画(SSP)を主導しているのはAZAのSSPのカナダでの一翼を担うトロント動物園だったはずで、要するにトロント動物園が日本で言うところの「種別調整園」ということになるわけです。)

イヌクシュク

このイヌクシュクや欧州のヴィクトルなどが日本に来てくれたらどれだけ素晴らしいかとも思うわけです。特にこのイヌクシュクはまだ14歳なのです。年齢的に言えばツヨシやピリカと近いのです。そして野生出身なのです。しかも繁殖能力というものは絶対ともいえる定評がある世界でも指折りの雄のホッキョクグマなのです。しかしそういった彼の来日の実現の可能性は全くありません。不可能なのです。 そしてなにしろ日本のホッキョクグマ界では飼育頭数の維持ということに必死な状態で、本来はその後にあるべき個体群の血統の多様性の維持というところまではほとんど目がいかないわけなのです。ですから札幌のデナリの繫殖からの「強制引退」はなく、キャンディとの間での繁殖の試みが継続されるといった状態なのです。「アンデルマ/ウスラーダ系」の若年個体の頭数の多さというものについて繁殖計画の中での組み合わせの調整といったものが実現する可能性はなく、そもそもそういった発想すら論じられていないというわけです。「強制引退システム」というのは繁殖が多く実現しているホッキョクグマ界では想定しうる話だということです。つまり中・長期的な繁殖プログラムの展望が立ちうる場合にのみ適用されるわけであって、2010年代以降において日本の動物園で何回も繁殖に成功したからといって(アイラ、ミルク、マルル、ポロロ、モモ、リラなど)、そこから見えてくる将来の見通しが視界不良である場合には日本のホッキョクグマ界においては「強制引退」は、なされることはないわけです。

こういった件については稿を改めて考えてみたいと思います。繁殖に成功するということと繁殖プログラムが順調に推移するということは別のことだということです。

(資料)
(過去関連投稿)
(*イヌクシュカ関連)
カナダでの飼育下期待の星、イヌクシュクの物語
カナダ・コクレーン、保護教育生活文化村のイヌクシュク、繁殖への期待を担って再びトロント動物園へ
カナダ・コクレーン、保護教育生活文化村へのイヌクシュクの帰還とEAZAの狙うミラクの欧州域外流出阻止
カナダ・コクレーン、保護教育生活文化村にイヌクシュクが無事帰還 ~ 息子のガヌークの近況
カナダ・オンタリオ州 コクレーンの保護教育生活文化村に暮らすイヌクシュクとガヌークの父子の近況
カナダ・トロント動物園に戻ったイヌクシュクのさらなる挑戦 ~ 優秀な雄の最後の課題は相性の克服
(*オーロラとニキータ関連)
カナダ・トロント動物園のオーロラとニキータの物語 ~ 双子姉妹と繁殖との関係
カナダ・トロント動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生! ~ 今シーズン最初の出産ニュース
カナダ ・ トロント動物園でホッキョクグマの三つ子の赤ちゃんが誕生するも全頭死亡!
カナダ・トロント動物園でホッキョクグマの三つ子の赤ちゃん誕生! ~ 2頭は死亡するも1頭が生存
カナダ・トロント動物園の施設 “Tundra Trek” の充実とオーロラ、ニキータ双子姉妹の繁殖への期待
今シーズンに出産の有無が注目される雌(1) ~ カナダ・トロント動物園のオーロラとニキータの双子姉妹
カナダ・トロント動物園でホッキョクグマの赤ちゃん誕生! ~ 母親の母乳が出ずに人工哺育へ
(*繫殖「強制引退」関連)
オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園のヴィクトルが15歳の若さで繁殖の舞台から「強制引退」か?
オランダ・レネン、アウヴェハンス動物園のヴィクトルがイギリスのヨークシャー野生動物公園に無事到着
イギリス・ヨークシャー野生動物公園のヴィクトルは繁殖の舞台から「強制引退」 ~ 欧州の重大な転機
by polarbearmaniac | 2016-09-24 23:00 | Polarbearology

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