街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア人研究者の見たホッキョクグマの驚くべき実像 ~ 相互扶助精神に溢れ共同体を形成する彼らの姿

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ウランゲリ島で群がって獲物を食べるホッキョクグマたち
Photo(C)Никита Овсяников

実に興味深い記事がノーヴォスチ通信のサイト(12月22日付 "Среди вежливых медведей")に登場しました。その記事において語っているのは26年間にわたってロシア極北のウランゲリ島でホッキョクグマたちを観察してきた動物学者のニキータ・オフシャニコフ氏です。オフシャニコフ氏はこれまで二千回以上も野生のホッキョクグマに出会い、そしてそのうち彼らから襲われそうになったのはたったの四回だけだという経歴の持ち主です。オフシャニコフ氏は多くの時間をかけてひたすらホッキョクグマたちを観察するという単純な手法をとったわけでした。オフシャニコフ氏の語るホッキョクグマとは、これまでカナダとアメリカの研究者をリーダーとして行われてきたホッキョクグマの生態研究からはかなり異なる彼らの実像を示していることに驚かされます。そしてそこにはロシア人としての優れた感性が働いていることは疑いようがない内容となっています。実に刺激的で興味ある内容ですがやや長い記事ですので要点のみを挙げておきます。実に驚くべき内容です。

① ホッキョクグマの母親は自分の子供ではない孤児を迎え入れて、自分の子供と共に育てることがしばしばある。

これは当ブログが今まで完全に否定してきた内容です。カナダの研究者の研究報告によれば野生のホッキョクグマで母親が自分の子供ではない他のホッキョクグマの子供に授乳したケース (”Offspring Adoption”) は過去にたった一例しか報告されていません。つまりホッキョクグマの母親というものは自分の子供以外の個体を受け入れるということはほとんど全くしないのです。少なくともそれが今までの研究では常識となっているのです。ところがオフシャニコフ氏の語る内容は今までのホッキョクグマ親子に関する常識を大きく覆すものです。オフシャニコフ氏の長年の観察によれば、野生のホッキョクグマ親子には明らかに年齢の異なる幼年個体を連れた母親はごく普通に見られると述べているのですが、それは連れられている幼年個体の体の大きさが大きく異なっていることから間違いのないことであると氏は述べています。体の大きさが大きく異なる個体というのはつまり年齢が上であり自分が出産していない子供であるということです。私はこれまで日本国外のいくつかの動物園でホッキョクグマたちを見てきましたが、ペルミ動物園のアンデルマが何故あのように自分の子供でもないセリクやミルカ(ユムカ)に対して母親のように振る舞うことができるのかについて不思議に思っていました。心の中で、どうもこれまでのカナダやアメリカのホッキョクグマ研究者の述べる彼らの生態には事実とは一致しない点があるのではないかという疑念が浮かんできていたわけです。そういった私の疑念を払拭するのが今回のオフシャニコフ氏が語っている内容であると思います。

② ホッキョクグマは単独行動を指向する動物であるというのは間違いで、彼らは大きな共同体を作って相互扶助の精神によって助け合いながら暮らしている。

これについては「やはりそうか」というのが率直な私の感想です。オフシャニコフ氏によれば、ホッキョクグマの個体間にはヒエラルキー(上下関係)には基づかない特殊な絆が存在していると語ります。アザラシ狩りが得意なホッキョクグマは必ず食べ残しを多く作っておき、アザラシ狩りの不得意なホッキョクグマたちがその食べ残しを口にできるようにしておくというのです。これはホッキョクグマの特殊な「社会的行動 (Социальное поведение」であると語り、こういったことによってホッキョクグマたちは自らの種を永らえていく手段としているというのです。このことによって(つまり狩りの特異な大人のホッキョクグマが意図的に残しておいてくれたものを食べて)孤児となった幼年個体(一歳になっていることが条件ではありますが)でも十分に生き延びていく可能性があることをオフシャニコフ氏は示唆しています。オフシャニコフ氏が強調するのは、ホッキョクグマは「社会的動物」、つまり他の個体との関係によって生存している種であるということです。

③ ホッキョクグマの雄(オス)相互間には年齢とは無関係な友好関係があり、しばしば一緒に移動することがある。

この内容は②とつながりがあります。ホッキョクグマは「社会的動物」であるが故に個体間の絆(友情関係と言い換えてもよいでしょう)が生じるということです。特に雄(オス)同士には友好関係が生じやすいようです。

④ ホッキョクグマの二組の親子は一緒に行動することがある。

これも②と関係してきます。ホッキョクグマの母親同士はそこに何かの繋がりを自覚している場合があるということでしょう。

オフシャニコフ氏の今回の発言は今まで私の胸の中に生じてきていたいくつかの疑念を払拭する内容だと感じました。単独行動を指向するといわれてきたホッキョクグマであり、動物園においても彼らがパートナーを失っても何の悲しみも感じないのだと説かれ続けてきたのは今までの動物学による知見だったわけですが、彼らが極めて個体間の相互関係が存在している「社会的動物 (социальные животные)」であるのだとすれば他個体との関係抜きには彼らの生態を語ることはできないということになります。この「社会的」は英語ではもちろん "social" という単語を用いるのですが、COD(Concise Oxford Dictionary) によれば動物学、特に哺乳類においては "living together in groups, typically in a hierarchical system with complex communication" の意味で用いられます。つまりヒエラルキー(上下関係)が多くの場合には存在することを前提とした用語なのですがオフシャニコフ氏によれはホッキョクグマの社会には「ヒエラルキー(上下関係)には基づかない特殊な絆が存在している」というのですから、「ホッキョクグマの社会」は今までの動物学の知見ではとらえらえない特殊な関係、つまり人間のような友好関係とか絆の存在を抜きにしては語れないということを意味しています。
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動物学者のニキータ・オフシャニコフ氏 Photo(C)Ирина Менюшина

動物学者として長い年月にわたってウランゲリ島でホッキョクグマの行動をひたすら観察してきた動物学者のオフシャニコフ氏が今回語っている内容はまさに「目から鱗が落ちる」といった感じです。カナダやアメリカの研究者はホッキョクグマをひたすら個体として見つめ、そして単体として研究を続けてきたわけです。ホッキョクグマを見つけると麻酔銃を発射して眠らせ、そして彼らの体からサンプルを採取して科学的な分析を行ってきました。彼らの首に追尾用のカラーを装着して彼らの行動をモニターするということもやってきたわけです。そしてそれらは確かに大きな成果を挙げたわけですがオフシャニコフ氏のようにただひたすら彼らの行動と生態を観察し、そしてそこから彼ら相互間に存在している関係を考察しようという姿勢はカナダやアメリカの研究者には希薄だったと思います。こういったホッキョクグマの種としての特徴を「社会的動物 (социальные животные)」として認識したオフシャニコフ氏には優れたロシア的感性を感じざるを得ません。

欧米の動物園関係者が「ホッキョクグマの幼年・若年個体には遊び友達が必要である」と感じ始めている最近の傾向は、おそらくそういった動物園関係者が「ホッキョクグマは単独行動を指向する動物である」といったこれまでの考え方、つまり Zoological correctness に心の中で疑問を抱き始めたからではないでしょうか?

(資料)
РИА Новости (Dec.22 2017 - Среди вежливых медведей)

(過去関連投稿)
老齢のホッキョクグマを幼年個体と同居させるとどうなるか? ~ メルセデス、タサル、アンデルマ
シルカ (Шилка) の一日 ~ 授与物よりも授与者を重視するシルカと、正反対のララの娘たちとの関係
アメリカ・オレゴン動物園のノーラの近況 ~ 「遊び友達」の導入に苦戦するオレゴン動物園とAZA
by polarbearmaniac | 2017-12-23 00:30 | Polarbearology

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