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街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ロシア・ロストフ動物園のホッキョクグマ飼育・繁殖の歴史 ~ 回想の「ユノナ (Юнона) の物語」

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ユノナ (#1191 Юнона 1988~2002)
(ロストフ動物園にて人工哺育、1999年によこはま動物園ズーラシアに移動) Photo(C)Ростовский-на-Дону зоопарк

ロシアのアゾフ海近郊の都市であるロストフ・ナ・ドヌ (Росто́в-на-Дону́) の動物園 (Ростовский-на-Дону зоопарк 通称「ロストフ動物園」) では昨年2020年11月に同園では32年振りとなるホッキョクグマの赤ちゃんが誕生しました。前回の32年前の赤ちゃん誕生については今回の赤ちゃん誕生の発表がなされたときに同時に同園がごく簡単に以前の繁殖の実績の事実だけを述べたわけですが、それを調べていくと非常に興味深い事実がわかってきましたので今回はこのロストフ動物園におけるホッキョクグマ飼育・繁殖の歴史を纏めておきたいと思います。資料としてはロストック動物園の資料、その他複数の地元ロストフ・ナ・ドヌの情報アーカイヴサイトを用いることとします。
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ロストフ動物園正面入り口 (2015年9月26日撮影)
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ロストフ動物園によりますと、同園が最初にホッキョクグマの飼育を開始したのは1953年のことだったそうです。その当時のホッキョクグマ飼育についてはロストック動物園の資料には存在していないため詳細が全く不明です。ロストフ・ナ・ドヌという都市は第二次大戦中の1941~2年の時期にドイツ軍に占領されていたわですが、その当時のロストフ動物園の状況については地元TV局が再現映像などを用いて番組 ("Ростов Исторический: зоопарк в годы войны") を制作していますが、ホッキョクグマ飼育に関しては特に言及がありません。
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ロストフ動物園の園内 (2015年9月27日撮影)

ロストック動物園の資料にロストフ動物園のホッキョクグマたちの記録が現れるのは1960年代になってからです。1966年3月16日に二頭の野生孤児個体がロストフ動物園に到着しています。雄(オス)のヴェテロク (#303 Ветерок 1965~1995) と雌(メス)のトビ (#304 Тоби 1965~1988) です。この二頭は双子であった可能性があるように思います。さらに1971年12月16日に雌(メス)のザルーシュカ (#305 Золушка 1970~1993) が入園しています。このザルーシュカは1970年11月29日にウクライナ(当時はまだソ連)のハリコフ動物園で誕生しているのですが、彼女の母親は有名な セヴェリャンカ (#733 Северянка1955~1984) でした。ヴェテロク (#303)、トビ (#304)、ザルーシュカ (#305) の三頭がこの時代のロストフ動物園での繁殖を担ったのでした。

ヴェテロク (#303)とザルーシュカ (#305) との間での繁殖についてロストック動物園の資料では以下のように記録されています。名前については他資料から補っている場合があります。

① 1981年11月25日 1頭誕生 性別はM (#1082)  4日後に死亡
② 1982年12月 2日 1頭誕生 性別はM (#1084) 誕生同日に死亡
③ 1983年11月29日 1頭誕生 性別はF (#767)      ズラタ
④ 1984年12月 01日 2頭誕生 性別はMM (#768)(#769)
                      レドク、マロースカ
  レドクは翌年2月16日に死亡、マロースカは翌年2月19日に死亡
⑤ 1985年12月 3日 1頭誕生 性別はM (#772)        キム
⑥ 1986年12月 2日 1頭誕生 性別はF (#1090)    マロースカ
                        誕生同日に死亡
⑦ 1988年12月 5日 1頭誕生 性別はF (#1191)     ユノナ

個別に見ていきましょう。①の1981年の出産がロストック動物園の資料ではザルーシュカの初産となっています。しかしこの時に彼女は10歳になっていましたので、それ以前にも出産があった可能性が大きいように思います。事実、ロストフ動物園は1974年以降にホッキョクグマが繁殖するようになったと述べているからです。②の1982年の出産は誕生の日に赤ちゃんは死亡しています。③の1983年の出産ですが、この時に誕生したズラタ (#767 Злата 1983~ ?) はサーカス団に売却されて1991年7月以降は消息不明となっています。④の1984年の双子兄弟の出産ですがレドク (#768 Ледок) もマロースカ (#769 Мороска) も翌年2月に生後二か月半で死亡しています。前年1983年で出産したズラタが人工哺育になったからこそザルーシュカは翌年の1984年にも出産したということです。人工哺育ではなくザルーシュカが母乳で通常に育児していたなら1984年の出産はなかったでしょう。⑤の1985年の出産ですが、この時に誕生したキム (#772 Ким 1985~2008) は人工哺育で育てられ、1988年1月24日にハリコフ動物園(当時はまだソ連)に移動しています。⑥の1986年の出産ですが、この時も名前はマロースカとなっています。誕生の日に死亡しています。前年1985年で出産したキムが人工哺育になったからこそ翌年の1986年にもザルーシュカは出産したということです。そして⑦の1988年の出産がザルーシュカ (#305) にとっての最後の出産となったようです。そした誕生したのがユノナ(#1191 Юнона 1988~2002) です。ロストフ動物園が32年前のホッキョクグマの赤ちゃんの誕生と言っているのは、このユノナの誕生のことです。このユノナも人工哺育された個体ですが、1999年5月14日によこはま動物園ズーラシアに入園しています。しかし2002年6月5日にそこで亡くなっていることがロストック動物園の資料に記録されています。
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ロストフ動物園の園内 (2015年9月26日撮影)

このユノナ(#1191 Юнона 1988~2002) についてですが、ズーラシア時代は別の名前になっていただろうと思いますが、そもそもこの個体についてネット上では情報がありませんので、一体どのような名前で呼ばれていたのかについてはわかりません。「よこはま動物園(野毛山動物園 & ズーラシア)の苦闘の繁殖記録 ~ 健闘の野毛山動物園、不毛なズーラシア」という投稿を御参照頂きたいのですが、ズーラシアは野毛山動物園から別の場所に新しい動物園をオープンさせることになったため、それに合わせてユノナを入手したとみて間違いありません。しかしジャンブイのパートナーとしてはチロがすでに存在していましたので、何故またもう一頭のユノナを導入しようとしたのかはわかりません。
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さて、«ЛЕГЕНДЫ РОСТОВСКОГО ЗООПАРКА»(ロストフ動物園の伝説)という本の中にロストフ動物園においてユノナを担当してしていたゴルビンツェヴァ (Т.М. Голубинцева) さんがロストフ動物園時代のユノナについて1999年頃、つまりユノナが日本に旅立つ直前に語った貴重な回想 ("Медведица Нюша – человеческий детёныш." - 「ニューシャは人間の子」) が含まれていますので、非常に難解なロシア語で理解は簡単ではないのですが可能な限りその内容を要約して御紹介しておきます。ユノナが産室から回収された直後から話が始まります。

-「この子をユノナと命名して生き残り続けられるかを試してみましょう。」という一人のスタッフの提案によって赤ちゃんは "ユノナ" と名付けられました。そして "ニューシャ (Нюша)" という愛称でこの赤ちゃんを呼ぶことにしたのです。母親は母乳が出ないため動物園のスタッフが特別に選んだ粉ミルクを赤ちゃんに与えなければならなかったのです。ニューシャは誕生直後から最初の困難に見舞われました。生まれたばかりのニューシャは、へその緒から尿を漏らし始めたのです(*注 - この部分ですが、少なくとも私にはこういう意味としか読めません)。すぐに対処せねばならなくなったのです。幸いなことに動物園の専門スタッフはロストフの小児科医にこの問題を助けてもらったのでした。経験豊富な小児科医のチームはユノナを見て最初は戸惑いました。何故なら患者は人間ではなく巨大な肉食動物であるホッキョクグマの赤ちゃんだったからでした。治療台の上にはネズミほどの大きさの、理解できないほど小さな生き物が助けを待っていました。医師がニューシャを救いました。そして女医さんはニューシャの治療しているうちに、彼女に慣れ、彼女に恋をして、彼女を自分の庇護下に置くようになりました。そしてその後も女医さんはこの奇妙な患者さんの相談を拒むことはありませんでした。ニューシャはホッキョクグマだが、まだ子供であリ発熱したり心室の異常が出たりします.... そして、動物園の専門スタッフや小児科医に見守られながらニューシャは成長していったのです。」

- 「ユノナが生後4カ月になり24時間の監視体制の必要がなくなると彼女は夜は一頭で過ごすようになりました。野生のホッキョクグマの幼年個体は2歳までは母親にぴったりくっついているのですが、ユノナは恐怖と孤独を感じていました。彼女はは一晩中泣いていましたが、朝になると熱心に「母親(*注 - つまりスタッフのことでしょう)」に会いに行き、一日中走って追いかけていました。ある日スタッフたちはユノナが食欲を失い、散歩しても元気が出ないことに気が付きました。その日は休日に日に起きたことでした。レントゲン撮影が必要だったのです。ニューシャは2度目に専門医の診察を受けたのですが、その時は前回とは全く別のロストフの病院でした。夜泣きが原因でヘルニアによる腸への浸食が発生しているとのことで、診断は芳しくありませんでした。外科手術が必要となり、同日、小児外科医のチームによって行われました。 手術は複雑でした。ジュノナは腸の一部を切除しなければなりませんでした。そして、厳しい食事制限とスタッフによる24時間の監視体制がとられたのです。こうしてニューシャの命は救われたのでした。」
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ウシュクイ (#946 Ушкуй 1982~ ?)  Image: N/N

さて.....ロストフ動物園はこのユノナのパートナーとすべく、すでに1990年10月25日にカザン市動物園から来園していた雄(オス)のウシュクイ (#946 Ушкуй 1982~ ?) をあてがうことにしたのです。「ディクサ (Дикса/Diksa 1973~2006)、その謎に満ちたホッキョクグマの生涯(2)~ 「神の領域」に達したその偉大さ」という投稿で御紹介していましたがこのウシュクイはカザン市動物園のカリスマ的ホッキョクグマだったディクサ (#731 Дикса/Diksa 1973~2006) の息子でした。ユノナとウシュクイとの初顔合わせについてゴルビンツェヴァさんは以下のように語っています。ここからの原文のロシア語は凝った言い回しが多くなり一層難解になります。

- 「ニューシャはすぐに成長し、3歳の頃にはとても魅力的なホッキョクグマになりました。彼女の花婿となったのはカザンの動物園から移動してきた美しいホッキョクグマだったウシュクイでした。巨大な氷山は全てにとっての憧れであり、その性格は多様でした。ウシュクイは全ての人々に愛されていた「小さな娘」の手と心を奪う、注目の候補者でした。しかしニューシャはそうは思わなかったのです。ウシュクイが初めてユノナの檻の中に入ったとき、花嫁であったユノナはヒステリー状態となって仰向けに倒れ、そして叫ぶように気味の悪い声を発したのでした。人間の中で育ったこのユノナは、自分と同じ種であるホッキョクグマを見たことがなかったのでした。ですからユノナは、普通の女性が玄関先に熊が姿を見せたときのように、ウシュクイに反応したのです。そういったことでこの二頭はペアとしての体裁をなさなかったのです。ユノナを育てたスタッフたちは、ユノナが人間ではなくホッキョクグマであることを彼女に理解させることができなかったのです。」

- 「今日も10年前と同じように養母役のスタッフがニューシャに会うと、顔を向けてキスをします。 そしてニューシャは前脚で人間の手を優しく触り喜びのあまりあらかじめ目を閉じてしまいます。そして静かに頭を撫でてもらうのです。このようにロストフ動物園の専門スタッフや獣医師の素朴で人間的なケアのおかげで、ユノナは自分を人間だと思っている不思議なホッキョクグマとして振る舞っています。」

さて、こうして10歳になったユノナがこういった直後に何故日本に売却されてよこはま動物園ズーラシアに移動したのかについては全く情報がありません。ユノナにとっては自分を育ててくれ、そして非常に慣れ親しんできたロストフ動物園のスタッフたちと別れさせられて遠い日本に旅立たねばならなかったことは大きな精神的苦痛だったでしょう。ロストフ動物園のスタッフの方々とて、やはり非常に悲しい気持ちだったでしょう。当時のロシアは経済状態が悪く、ロストフ動物園は財政的な危機にあっただろうと考えられ、ホッキョクグマを国外に売却せざるをえなかったのだろうと推察します。 さて、そしてズーラシアは果たしてユノナがこのようにして育てられたホッキョクグマだったことを知っていたかといえば、そうとは言えなかったのではないでしょうか。非常に特殊な環境で育ってきたユノナには遠い日本の地でそう長い時間が残されていたはずもなく、彼女はズーラシア入園の3年後の2002年6月5日にズーラシアで13歳でこの世を去っています。こんなことを当時私が知っていたならば、ユノナに会うためだけにズーラシアに行っていたでしょう。
(*後記)スーラシアでのユノナの姿を捉えた写真が "ズーラシアNEWS" というサイトに掲載されていましたので下に御紹介しておきます。
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ズーラシアでのユノナ (2000年) Image:ズーラシアNEWS

さて、まとめますとザルーシュカ (#305 Зо́лушка 1970~1993) は7回の出産で8頭を産み、成育したのは3頭となりますが、いずれも人工哺育として人間によって育てられたということです。

雄(オス)のヴェテロク (#303 Ветерок 1965~1995) はトビ (#304 Тоби 1965~1988)との間でも繁殖に挑戦しました。前述しましたがヴェテロクとトビは野生孤児の双子であった疑いは完全には払拭できません。ロストック動物園の資料でははヴェテロク (#303) とトビ (#304) との間での繁殖結果を以下のように記録しています。

⑧ 1981年12月 3日 1頭誕生 性別はM (#1083) 誕生同日に死亡                     
⑨ 1982年12月31日 2頭誕生 性別はMF (#1085 #1086)      
                       ダルカ(#1086)
                    #1085 は誕生同日死亡
⑩ 1983年12月 6日 2頭誕生 性別はM (#1087)     ウムカ
                     翌年1月29日に死亡
⑪ 1984年12月 12日 2頭誕生 性別はMM (#1088 #1089)
                 アルカーシャ、スネショーク
     #1088は誕生2日後に死亡、#1989は誕生6日後に死亡

個別に見ていきましょう。⑧の1981年の出産はロストック動物園の資料ではトビの初産となっていますが、この時点でトビは16歳になっていますので、これ以前に出産していた可能性は高いと思われますが資料的な裏付けがとれません。⑨は双子の出産で一頭(#1085) は誕生当日に死亡、もう一頭のダルカ (#1086 Дарка) も死亡しているのですがロストック動物園の資料では死亡日が不明となっています。ロストフ動物園はこのダルカ (#1986) については人工哺育が成功した個体として述べています。ですから少なくとも生後数か月以上は生存していたと考えるのが正しいと思われます。⑩の1983年の出産で誕生したウムカ (#1087 Умка)は生後53日で死亡しています。⑪の1984年の出産ですが、アルカーシャ (#1088 Аркаша) は誕生二日後に、そしてスネショーク (#1089 Снешок) は生後6日で死亡しています。

まとめますと、トビ (#304) は4回の出産で7頭を産み、成育した個体はロストフ動物園の主張では1頭いた(つまりダルカ)ということになります。

ロストフ動物園は1987年に雌(メス)のハプカヴチャンク (#1203 Хапковчанк 1968~2005)という個体を導入しています。ハプカヴチャンクは1968年11月25日にウクライナ(当時はソ連)のハリコフ動物園で誕生しているのですが、彼女の母親はザルーシュカ (#305 Зо́лушка 1970~1993) と同じ有名な セヴェリャンカ (#733 Северянка 1955~1984) でした。ハプカヴチャンクは1987年1月21日にロストフ動物園に来園しています。彼女はその時すでに18歳になっていました。ヴェテロク (#303)はこのハプカヴチャンク (#1203) とも組んで繁殖に挑戦しています。以下の記録がロストック動物園の資料に残っています。

⑫ 1989年11月19日 1頭誕生 性別不明 (#1620) 誕生翌日に死亡

ハプカヴチャンクの出産はこの1回だけでした。彼女は翌年1990年4月1日に北コーカサスのナリチク動物園に移動し、そこで2005年2月24日に亡くなっています。その他、ロストフ動物園では野生孤児個体のセヴェリャンカ (#1205 Северянка 1990~2001)が1991年3月31日から1996年10月9日まで飼育されていた記録が残っています。このセヴェリャンカはもちろんハリコフ動物園のセヴェリャンカ (#733) とは別の個体です。ロストフ動物園で暮らしていた方のセヴェリャンカ (#1205)は1996年10月以降は個人に所有権が移転しており個人がプライベートで飼育していたようです。この変わった個体は2001年にその個人宅で亡くなった記録が残っています。その他ロストフ動物園ではユカギル (#754 Юкагир 1983~1992) という野生出身の雄(オス)の個体が1988年8月から1990年8月まで飼育されていますが、彼はその後にウクライナのハリコフ動物園に移動し、そこで1992年10月に亡くなっています。
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ロストフ動物園の園内 (2015年9月26日撮影)

その他、ロストフ動物園ではサーカス出身の謎のホッキョクグマが二頭飼育されていた記録が残っています。一頭は雄(オス)のノルド (#1815 Норд 2000 ? ~ ?) です。このノルドはシモーナの息子である有名なノルド(#1783) とは別個体です。彼は野生孤児としてサーカス団に入り、その後レニングラード動物園を経て2005年4月1日にロストフ動物園に入園した記録があるのですが、ロストック動物園の資料ではノルドが2005年4月1日にロストフ動物園に入園した時点以降は消息不明であると記されています。しかし地元の報道ではこの時点以降に彼の名前が記事に存在しており、さらに彼は2010年に他の施設に移動したらしく(報道ではモスクワ動物園へということになっていますがそれは事実ではないでしょう)、現在は消息不明となっています。しかしモスクワから中国に移動してそこで引退することになったサーカス出身の5頭のホッキョクグマたちの名前の中に "Норд" (ノルド)が見いだせますので、その個体と同一個体である可能性は濃厚だろうと思います。
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ノルド (#1815 Норд 2000 ? ~ ?)
Image : Комсомольская правда

もう一頭は雌(メス)のククラ (#1816 Кукла/Cukla 1989? ~ ?) です。彼女も野生孤児としてサーカス団に入り、その後レニングラード動物園を経て2005年4月1日にロストフ動物園に入園した記録が残っていますがロストック動物園の資料では彼女もその段階以降はやはり消息不明の扱いになっています。彼女の名前はそれ以降の地元報道記事には一度も現れず、2010年にノルドが他施設に移動したという報道があった時点でも彼女について全く触れられておらず、総合的に考えれば彼女は2008~9年にロストフ動物園で死亡したのではないかという可能性はあります。 しかしモスクワからサーカス出身のホッキョクグマたちが引退して中国の送られた5頭の中に "Кукла"(ククラ)が見いだせますので、その個体と同一個体である可能性はやはりノルド同様、かなり濃厚だろうと思います。

さて、ここで再びロシアにおけるサーカスのホッキョクグマという複雑な問題を考えなくてはならなくなります。ロストフ動物園はこういったサーカスのホッキョクグマたちを受け入れてきたという歴史もあるのです。「サーカス団のホッキョクグマ、ダーニャは何処に消えた? ~ サーカス団と巡回動物園とを結ぶ暗黒」という投稿を御参照下さい。さて、このノルドとククラという二頭のホッキョクグマたちですが、ロストック動物園は2005年4月以降の消息を不明としているわけですが下の2007年にロストフ動物園で撮影された映像には二頭のホッキョクグマたちの姿が映っており、これがノルドとククラだと考えて間違いないと思います。何故ならこの時期のロストフ動物園は、ロストック動物園の資料上ではホッキョクグマは不在となっていたわけで、仮にホッキョクグマが存在していたとすればロストック動物園の資料上は2005年4月以降は消息不明となっているはずのノルドとククラ以外には考えられないからです。下で「YouTube で見る」をクリックしてみて下さい。



さて、これらのホッキョクグマたち以外でロストフ動物園で飼育されていた個体はペルミ動物園生まれの雄(オス)のペルミアク (#1636 Пермяк 1998~2009) が1999年4月から2002年4月まで、そしてサーカス出身のイョシ (#2881 Ёши 2001~2016) が2010年12月から2016年2月まで、そしてベルリン動物公園のトーニャ (#2916 Tonja 2009~ ) が2011年5月から8月まで飼育されていました。その他では野生孤児出身の雄(オス)のテルペイ (#1738 Терпей 2002~ ) が2013年11月から2018年12月まで飼育されています。この後はコメタ (#3310 Комета 2012~ )とアイオン (#3080 Айон 2009~ ) という現在進行形のホッキョクグマたちの時代に入っていくことになります。この二頭については稿を改めて述べたいと思います。
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ロストフ動物園の園内 (2015年9月25日撮影)

さて、まとめますと現在のコメタが昨年2020年11月に産んだアイカより前のロストフ動物園でのホッキョクグマの繁殖は、誕生した個体は合計16頭、そのうち成育したのは人工哺育された個体を含んで合計4頭となります。

ロシアという謎の国のホッキョクグマの過去の軌跡を追っていくということは、濃霧に囲まれた知らない土地でもがき苦しみながら手探りで情報を収集していくことを意味します。非常にスリリングな世界です。だいたい、母親がどの個体なのかがよくわからない場合があるというような不思議な世界なのです。さすがにドストエフスキーを生んだ国です。

(資料)
Первый Ростовский телеканал (Ростов Исторический: зоопарк в годы войны)

(*2015年9月 ロストフ動物園訪問記)
・ロストフ動物園へ ~ サーカス出身のホッキョクグマ、イョシ(Ёши)との5年ぶりの再会
・イョシ(Белый медведь Ёши) 、素顔とその性格
・ロストフ動物園二日目 ~ 好男子テルペイ(Терпей)との二年ぶりの再会
・テルペイ(Белый медведь Терпей)、その素顔と性格
(*2017年8月 ロストフ動物園訪問記)
・真夏の猛暑のロストフ動物園、テルペイとコメタのそれぞれの暑さしのぎ ~ "How to live with summer heat"
・テルペイ (Белый медведь Терпей)、その将来の不安定性
・コメタ (Белая медведица Комета) 、その素顔と性格
・ロストフ動物園訪問二日目、36℃を示した温度計 ~ テルペイ (ヤクート)とコメタに幸あれ!
(*2019年8月 ロストフ動物園訪問記)
・ロストフ動物園で見る期待のペア、アイオンとコメタの姿
・アイオン(Айон)、その姿と性格 ~ 「生ける伝説」となった野生孤児保護個体の成長
・ロストフ動物園訪問二日目 ~ コメタとアイオンの平穏な月曜日
・コメタ (Белая медведица Комета) にかかる出産への期待

by polarbearmaniac | 2021-06-18 03:00 | 飼育・繁殖記録

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