謎のホッキョクグマ、クーニャ (#1253 Kunya ？～ 2010) の「正体」を探る ～ 浮かび上がったその真相

亡くなる4日前のクーニャ (#1253 NASN.725 Kunya 1978～2010)　（2010年2月11日撮影　於 レオマ・アニマルパーク）

札幌・円山動物園のララ (Lara) と旭川・旭山動物園のルル (Lulu) は11月20日に満27歳の誕生日を迎えました。この双子姉妹は1994年11月20日に大分県・別府市の「ラクテンチ」で誕生しています。この二頭の誕生日を記念して本投稿では日本のホッキョクグマ界を代表する「偉大なる母」であるララ (#1514 Lara 1994～　)、そして彼女と双子であるルル (#1513 Lulu 1994～　) の血統を徹底的に紹介することによって私なりの彼女たちに対する感謝の念を明らかにしておきたいと思います。使用する資料は世界のホッキョクグマの血統情報を管理するドイツのロストック動物園の資料（以下「血統資料」と呼ぶこととします）、及びアメリカ合衆国のAZAの北米個体歴史記録 (Historical Studbook - 以下「北米資料」と呼ぶこととします)を用います。この二つの資料は個体を全く異なる番号で記録しています。前者はいわゆる「国際血統番号」(# で記述)であり後者は「北米個体血統番号」(NASN. で記述) です。

ララ (Lara) (2015年8月24日撮影　於 円山動物園）

ルル (Lulu) 　(2012年10月28日撮影　於 旭山動物園)

ララ（及びルル）の誕生した「ラクテンチ」における繁殖記録は「大分・別府「ラクテンチ」の苦闘の繁殖記録 ～ 最後に輝いた星であるルル (Lulu) とララ (Lara)」ですでに明らかにしています。ララ（及びルル）の父の血統についてはダイ（ポール／シロー　#205 Pole 1979～2010)　の血統を追いかけることであり、それについては「旭川・旭山動物園の苦闘の繁殖記録(1) ～ 日本最初のホッキョクグマ繁殖成功、そして息詰まるドラマの展開」という投稿を御参照下さい。ダイ（ポール／シロー）の父であるシロウ (#202 Shirou 1966～1989) 、及び母であるユキ (#203 Yuki 1966～1983) は共に野生出身の個体であることが資料的に完全に確定しています。問題はララ（及びルル）の母であるクーニャ (#1253 Kunya ？～ 2010) の血統です。彼女の「正体」は何なのか......これは長らく謎に包まれてきたわけです。ロストック動物園の資料ではクーニャの出自は不明 (unknown)、生年は「1980年7月27日より前」と曖昧に記録し、そして両親も不明 (unknown) となっており、野生出身とは明確にされていない点が非常に問題です。これは、彼女が飼育下の生まれである可能性を示唆しています。そしてクーニャは1980年7月29日に突然として別府の「ラクテンチ」に入園した記録が登場するのです。

さて....そうなりますとクーニャがその直前に世界のどこかの動物園の記録から消息がわからなくなっているはずだろうということが推定できるわけです。それに該当する個体を見つけるために数日間、非常に長い時間を費やして「血統資料」及び「北米資料」をチェックしてみました。そうしましたところ、該当すると考えられる雌（メス）の個体は資料上では過去に歴史上、世界にたった一頭しか存在していなかったことが判明しました。雄（オス）の個体ならば候補は複数いますが、雌（メス）ではたった一頭だけです。 それこそがクーニャの「正体」ということになります。

以前に「北海道・おびひろ動物園の苦闘の繁殖記録 ～ 大健闘したロシア極北ウランゲリ島出身のホッキョクグマたち」という投稿を行っているのですが、その中でミンディ (Mindy) という、消息不明となってしまった雌（メス）の幼年個体の名前を御紹介したことがありました。ロストック動物園の資料では、この雌（メス）のミンディ (#1160 Mindy 1978～　？) という個体は1979年5月23日におびひろ動物園に入園した後の消息が全く不明となっています。このミンディは1978年12月1日にアメリカ合衆国アリゾナ州 ツーソン (Tucson) のリードパーク（レイドパーク) 動物園 (Reid Park Zoo) で誕生したことになっています。このミンディについて今度はAZAの北米個体歴史記録をチェックしていきますと、「北米個体血統番号(NASN)」で725番に該当する個体であることがわかりました。誕生日は1978年11月30日となっておりロストック動物園の資料とは一日だけ違った日になっていますが、1979年5月23日におびひろ動物園に入園したことになっていますので、この日付はロストック動物園の資料と一致しています。この雌（メス）のミンディ (#1160 Mindy）こそがクーニャ (#1253 Kunya) の「正体」であると考えて間違いないでしょう。おびひろ動物園はミンディ (#1160 Mindy）を動物商を通して「ラクテンチ」に売却したのでしょう。そしてそこでミンディ (#1160 Mindy）としてのヒストリーは途切れてしまい、今度は記録上はクーニャ (#1253 Kunya) という新しいホッキョクグマとして突如ラクテンチに「出現」したということです。

さて、ではこのミンディ (#1160 NASN.725 Mindy）の両親ですが、ロストック動物園の資料では父親がニコラス (#401 NASN.592 Nicolas 1973～1996)という1973年12月20日にネブラスカ州のヘンリー・ドーリー動物園 (Henry Doorly Zoo) 生まれの個体、母親がシクア (#431 NASN.429 Sikua 1968～1995) という野生出身ということが確定している個体です。ここでリードパーク（レイドパーク) 動物園 (Reid Park Zoo) におけるこのニコラスとシクアの姿を下に御紹介しておきます。つまりこれがミンディ（つまりクーニャ）の両親です。ということは、つまりこの二頭がララ（そしてルル）の母方の祖父母ということになります。

クーニャの両親であるニコラス (#401 Nicolas) とシクア (#431 Sikua)　Image:Worth Point

さらに非常に貴重な映像があります。これは1980年7月27日のリードパーク（レイドパーク）動物園の映像です。この映像の中に登場している二頭のホッキョクグマこそ、クーニャの両親であるニコラスとシクアです。該当部分から再生されるようにしておきますが、ほんの一瞬しかホッキョクグマは登場していません。

さて、ではネブラスカ州のヘンリー・ドーリー動物園生まれのニコラス (#401 Nicolas 1973～1996) の父親ですが、これはオラフ (#399 NASN.355 Olaf 1964～1989）という個体です。このオラフは野生出身であることが確定していますが、彼はどうもロシア（当時はソ連）の極北出身のようです。何故なら彼は最初に当時のソ連のアルメニア共和国のエレバン動物園で飼育されて1966年にアメリカのヘンリー・ドーリー動物園に移動してきた記録があります。ニコラスの母親はオリガ (#400 NASN.352 Olga 1964～1991)で、彼女もロシア（当時はソ連）の極北出身の個体のようです。彼女もソ連のアルメニア共和国のエレバン動物園から来園しているのですが、この時にエレバン動物園はヘンリー・ドーリー動物園に二組の双子（合計４頭）を売却していますが、オラフとオリガは別々の双子からペアとなっており近親交配にならないように十分な注意が払われていたことが北米個体歴史記録で確認できます。４頭のうち他の二頭は他園に移動しています。

クーニャ (2008年11月8日撮影　於 レオマ・アニマルパーク)

.....ということで、ララ（及びルル）の母親だったクーニャはミンディという名前でアメリカ・アリゾナ州のリードパーク（レイドパーク）動物園で1978年11月30日（もしくは12月1日）に生まれ、そしてクーニャ（ミンディ）の父親はロシア極北で生まれた野生個体であったということが判明しました。アリゾナ州で生まれたクーニャ、その娘であるララのパートナーとなったのが、アリゾナ州の隣の州であるユタ州生まれのデナリであったとは、何か運命的なものを感じさせます。

私が最後にクーニャに会ったのは2010年2月11日のことでした。彼女はそれから4日後の2月15日にこの世を去りました。

（過去関連投稿）

大分・別府「ラクテンチ」の苦闘の繁殖記録 ～ 最後に輝いた星であるルル (Lulu) とララ (Lara)

札幌・円山動物園、ホッキョクグマ飼育の歴史 ～ 過去の飼育環境に問題のあったことを示唆させる1970年前後の三頭の若年個体の死

札幌・円山動物園の苦闘の繁殖記録 ～ 賞賛されるべきデナリ (Denali) とララ(Lara) の健闘

旭川・旭山動物園の苦闘の繁殖記録(1) ～ 日本最初のホッキョクグマ繁殖成功、そして息詰まるドラマの展開

旭川・旭山動物園の苦闘の繁殖記録(2) ～ 繁殖成功の初代ペアの血統継承への強い執着心が生む未完のドラマ

福島県、東北サファリパークの苦闘の繁殖記録 ～ 歴史と記憶の彼方のホッキョクグマたち、ダイスケとチビ

北海道・おびひろ動物園の苦闘の繁殖記録 ～ 大健闘したロシア極北ウランゲリ島出身のホッキョクグマたち