街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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カテゴリ:異国旅日記( 742 )

モスクワから成田へ帰還 ~ 四週間の旅を終える

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モスクワの南にあるドモジェドヴォ国際空港。
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FIFAワールドカップ・ロシア大会が間もなく始まるが、それにそなえて空港内も整備が進んでいる。
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JAL便にて日本に帰国することにする。
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今年最初の旅行は4週間だった。スケジュールはかなり余裕を持たせていたが、それでもやや疲れた。
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モスクワから成田までの飛行時間は離陸後約8時間半である。
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今年最初の旅行としてはまあまあ上出来だろう。
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帰路もプレミアム・エコノミークラスだが食事はエコノミークラスのものが提供される。
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成田着陸二時間前の二食目。
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成田到着。ひとまずはホッとした。
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(Jun.2 2018 @成田国際空港ターミナル内 和食レストラン)
by polarbearmaniac | 2018-06-02 09:00 | 異国旅日記

クロポトキンスカヤ駅付近を歩く ~ 新旧のロシアの入り混じるエリア

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クロポトキンスカヤ駅にやってきた。
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この駅の地上の改札出入口のアーチは1930年代にドゥーシキンが設計した建築学上の傑作であるが、どういうわけか表面が剥がされたような状態になっている。新しく修復・補修でもしようというのだろうか? かなり心配になってくる。
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この駅からは救世主キリスト教会が目の前である。
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この建物の前で1934年にオシップ・マンデリシュタームとアンナ・アフマートヴァという二人の詩人の劇的な出会いがあった。
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フリードリヒ・エンゲルスの像が立っている。
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社会主義は全く色褪せてしまった。いや、それどころではなく人類を不幸にしたのだ。この点ではもう結論が出ている。
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しかし依然としてエンゲルスはここに立っている。
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救世主キリスト教会は巨大な建築物である。
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この教会からモスクワ河を渡る橋の上からクレムリンが遠くに見える。
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ソ連時代の醜い建物のそばに教会が見える。
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同じ橋の上から遠くに高層ビルが眺望できる。
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モスクワ河を渡りきって下から対岸の救世主キリスト教会を見る。
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橋の上から見た教会、これがペレセネフカの聖ニコラウス教会 (Храм Николая Чудотворца на Берсеневке) である。この教会は17世紀半ばに建てられている。非常に古い教会である。
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この教会の内部である。カトリックやプロテスタントの教会とは全く異なっている。
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この教会の横のアパートにスターリンによって1937年に粛清されたトゥハチェフスキー元帥が住んでいた。
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今年一回目の海外遠征はこのあたりで終了して一度日本に戻ることにする。ロシア遠征を今年は複数回行う予定なので今回の一回目はこのあたりにしておきたい。やや疲れてしまったからである。

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(May.31 2018 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-06-01 05:00 | 異国旅日記

モスクワ市内北部のドストエフスキー生誕の地を訪ねて ~ 貧民救済病院官舎での幼年時代

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モスクワ北部のドストエフスカヤ通りにある「ドストエフスキーの家博物館 (Музей-квартира Ф. М. Достоевского)」にやってきた。
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文豪フョードル・ドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский 1821~1881) は、誕生した1821年から1837年までモスクワのまさにこの建物で暮らしていた。この建物はマリインスキー貧民救済病院(Мариинская больница для бедных)の官舎であった。ドストエフスキーの父親はその病院で働いていた医師であった。ドストエフスキーはその病院で生まれ、そしてその後はこの官舎で両親と共に暮らしていたのである。
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この医師の官舎の建物が現在は「ドストエフスキーの家博物館 (Музей-квартира Ф. М. Достоевского)」になっている。
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今日は考えもあってこの博物館には入らないでおく。映像だけは下にご紹介しておきたい。



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これが病院の建物であり、ドストエフスキーの像が立っている。
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この地域は19世紀の初めには貧しい人々の暮らすエリアだったそうだが、現在も何か侘しさが漂う。
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(May.31 2018 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-06-01 03:00 | 異国旅日記

ドンスコイ修道院 (Донской монастырь) を訪ねて

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モスクワ南部のドンスコイ修道院 (Донской монастырь/Donskoy Monastery) にやってきた。
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この修道院は16世紀末にその起源があるそうだ。
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中心にあるのがこの大聖堂だ。
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私は宗教建築についてはよく知らないがロシア正教の建築物は何か暖かさを感じさせる。
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私がここに来た目的は修道院そのものではなく墓地のほうである。1930年代にスターリンの粛清のために銃殺された人々の遺体はこのドンスコイ墓地にまとめて捨てられたそうである。
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ここが墓地の入り口である。
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中をいろいろと歩いてみたが、一体どの場所に遺体が捨てられたのかなどを示すような標識は見た当たらなかった。場所が特定できるようなものではないのだろう。ともかくこの墓地の敷地のどこかにメイエルホリド、トゥハチェフスキー元帥、杉本良吉らの遺体は捨てられたということである。
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この国の歴史は過酷である。背中にぞっとする寒さを感じただけでもこの墓地に来た甲斐はあった。

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(May.30 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-31 05:00 | 異国旅日記

モスクワ動物園のウランゲリ (Белый медведь Врангель)、その「偉大な時代」への讃歌

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ウランゲリさん、こんにちは!
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このウランゲリは27歳になっているがレニングラード動物園のメンシコフ亡き後、ロシアのホッキョクグマ界の雄(オス)の頂点に立っていることは間違いない。
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その彼もシモーナという彼にとっては最高のパートナーがヴォロコラムスク附属保護施設に移ってからは実質上はパートナーのいない形になっている。ムルマはいるものの、彼にとっては相性の良くない相手なのである。
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彼に深く同情したくなってくる。彼は今までモスクワ動物園におけるホッキョクグマの繁殖に大いに貢献したのである。
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彼の性格的な優しさや人間に対する信頼感はモスクワ動物園のスタッフが大いに賞賛している。
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そういったことは彼の行動や表情でよく伝わってくるのである。
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彼はまだまだ元気であるが「ウランゲリの時代」というものは終わりつつあることは間違いない。残念な話ではあるが、しょうがない。
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ウランゲリはモスクワ動物園で一時代を築いた名ホッキョクグマとして記憶さrてることになるだろう。そして私は彼の時代を10年ほど体験できたのはありがたい話だった。
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なにしろ私は旭川で彼の息子であるイワンに会った回数よりもモスクワで彼に会った回数の方が多いくらいである。
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ウランゲリさん、お元気で!
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(May.29 2018 @モスクワ動物園)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 05:00 | 異国旅日記

モスクワ動物園のムルマ (Белая медведица Мурма) の初夏の日の憂鬱

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ムルマさん、こんにちは!
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ペレジェルキノから戻って午後にモスクワ動物園にやってきた。
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相変わらずムルマ(左)とウランゲリ(右)は昼寝をしている。
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ウランゲリはあまり顔を上げないがムルマは時々顔をこちらに向ける。
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このムルマは微妙な立場に置かれている。
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モスクワ動物園が繁殖可能年齢を過ぎた個体を地方都市の動物園に移動させてそこで余生を送らせる可能性を示しているからである。それが実現するとすれば彼女には不本意な話となるだろう。
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彼女をモスクワ動物園で見られなくなる日は近いのかもしれない。
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しかしすでに繁殖からは引退させられてしまったシモーナが一般来園者には基本的に非公開であるヴォロコラムスク附属保護施設に移動させられてしまったことと比較すれば地方の動物園に移動するとはいっても、そこで会うことが可能となるのはむしろありがたい話なのかもしれない。
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ムルマさん、お元気で!
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(May.29 2018 @モスクワ動物園)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 04:30 | 異国旅日記

パステルナークの家博物館 (Дом-музей Пастернака) を訪ねて ~ ペレジェルキノでの回想

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雲一つない快晴の日、午前中にモスクワから車を飛ばしてペレジェルキノ村にやってきた。
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作家・詩人であるボリス・パステルナーク (Борис Леонидович Пастернак 1890~1960) が1936年から彼の死の1960年まで住んだ家を訪ねるためである。ここは「パステルナークの家博物館 (Дом-музей Пастернака) 」として公開されている。
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何を隠そう、このパステルナークは私にとってはロシア文学で最も好きな文学者である。この「パステルナークの家博物館」は11時にオープンなので到着した時にはまだ開いていなかった。今日はモスクワのクトゥーゾフ大通りを猛スピードで運転してきたのでホテルから僅か25分でここに到着してしまった。
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パステルナークといえばやはり「ドクトル・ジヴァゴ (Доктор Живаго)」が代表作である。この作品で彼は1958年にノーベル文学賞受賞者として発表されたがソ連当局の圧力で辞退を余儀なくされた。
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彼はそのわずか二年後の1960年にこの住居で病死している。
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「ドクトル・ジヴァゴ」がソ連で刊行されたのはゴルバチョフ時代の1987年になってからのことだそうである。
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パステルナークはこの住居で愛人であるオリガ・イヴィンスカヤ (Ольга Всеволодовна Ивинская 1912~1995) と暮らしていた。ちなみに、彼女の回想である「パステルナーク詩人の愛」という本はなかなかおもしろい。


Борис Пастернак и Ольга Ивинская

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この「パステルナークの家博物館」は内部の写真撮影は自由だそうで非常にありがたい。
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ピアニストのスタニスラフ・ネイガウス (Станисла́в Ге́нрихович Нейга́уз 1927~1980) は自身の母親であったジナイーダと共に幼少期をパステルナークと共に過ごしているが、それはジナイーダが自分の夫であった有名なゲンリフ・ネイガウス (Генрих Густавович Нейгауз 1888~1964) を捨ててパステルナークに走ったからである。ちなみにこのゲンリフ・ネイガウスはリヒテルやギレリスといったソ連の巨匠たちの師匠であった非常に著名なピアニスト・教育者である。さらにスタニスラフはその自身の晩年をこのペレジェルキノのパステルナークの家で過ごしており、そしてなんと彼も1980年にやはりこのペレジェルキノのパステルナークの家で亡くなっている。それはパステルナークの死から20年後のことであった。ちなみにスタニスラフ・ネイガウスはあのスタニスラフ・ブーニンの父親である。
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スタニスラフ・ネイガウスは勿論のことスヴャトスラフ・リヒテルもこの部屋でこのピアノを弾いたそうである。
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ここはパステルナークの書斎だが机は当時のものではないだろう。
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二階の部屋の窓からの風景。
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これはパステルナークの亡くなった部屋である。左端のソファーにも見えるベッドで彼は亡くなったそうである。
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小鳥のさえずりだけが聞こえる。それは多分彼が亡くなった1960年5月も同じであったろう。明日5月30日はパステルナークの命日である。


Ист. Хроники: 1958 - Пастернак и Стрельцов


Борис Пастернак. Будем верить, жить и ждать - Документальный

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このあたりは秋に来るのも独特の雰囲気があって素晴らしいかもしれない。
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静寂の支配するペレジェルキノ村である。

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(May.29 2018 @モスクワ郊外・ペレジェルキノ村)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 04:00 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ通りで出会う文学者、音楽家たちの記憶(2)

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プーシキン広場からさらに南東に歩く。歴史あるエリセーエフスキーの食料品店である。
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エリセーエフスキーの食料品店の上階にソ連時代の作家のニコライ・オストロフスキー (Николай Алексеевич Островский 1904~1936年12月22日)が住んでいたことを示すプレートがある。彼の代表作が「鋼鉄はいかに鍛えられたか」であるが、実につまらない作品である。


Загадочная жизнь Николая Островского

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ソ連時代に有名だったホテル・ルックス (Гостиница «Люкс»)は依然として修復工事が止まったままである。もう数年前からこういうカバーをかけられた姿である。ここはコミンテルンの外国人宿舎だった。 ホー・チ・ミン、周恩来(中国首相)、リヒャルト・ゾルゲ、片山潜なども滞在していた。
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そういったカバーの隙間から見えるこの建物はまさに歴史的存在なのだ。
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そしてカメルゲルスキー横町である。コンスタンチン・スタニスラフスキー (Константин Сергеевич Станиславский) とヴラジーミル・ネミロヴィチ=ダンチェンコ (Владимир Иванович Немирович-Данченко) の像がある。この二人の演出家はモスクワ芸術座を結成し、ロシアにおけるリアリズム演劇を確立した。
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これがチェーホフ記念モスクワ芸術座である。
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さて、今回初めてカメルゲルスキー横町で「発見」したのがこの建物である。これは作曲家のセルゲイ・プロコフィエフ (Сергей Сергеевич Прокофьев 1891~1953)が晩年 (1947~1953) に住んでいた住居である。
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ここがプロコフィエフ博物館 (Sergei Prokofiev Museum) として2016年にオープンしていたのである。私は知らなかった。今日は月曜日なので閉館日だ。
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彼は1953年3月5日、つまりスターリンの死んだ同じ日に亡くなっている。


Документальные фильмы - Сергей Прокофьев

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トヴェルスカヤ通りの反対側にはブリューソフ小路に入るアーチがある。
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演出家のメイエルホリド(Всеволод Эмильевич Мейерхольд 1874~1940)が逮捕されるまで住んでいた住居があって博物館になっている。もう何度も来た場所である。彼がモスクワに来る前に住んでいたのはペンザであり、そのペンザの住居については「ペンザの「メイエルホリドの家 (Дом Мейерхольда) 記念館」を訪ねて ~ 粛清の犠牲者の記憶」という投稿を御参照頂きたい。


Документальный фильм о режиссёре В.Э. Мейерхольде

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ブリューソフ小路をさらに進むと16世紀に起源のあるウスペンスキー・ヴラジェク復活教会 (Храм Воскресения Словущего на Успенском Вражке) がある。
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ソ連時代でも活動していた教会だそうである。
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この教会のすぐそばにチェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチ (Мстислав Леопольдович Ростропович 1927~2007)の像が立っている。これは比較的最近になって建てられたはずである。


Rostropovich - The Genius of the Cello (BBC)

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ブリューソフ小路を戻ってアーチをくぐりトヴェルスカヤ通りに戻る。
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トヴェルスカヤ通りはこのホテル・ナショナル(ナツィオナーリ)で終わる。このホテルは私は何回か宿泊しているが、素晴らしいホテルである。建物が歴史的建築物であり場所も最高である。またこのホテルに宿泊してみたくなってきた。

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(May.28 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-29 05:30 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ通りで出会う文学者、音楽家たちの記憶(1)

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今日のモスクワは暑くもなく寒くもなく快適な気温に加えて空は快晴である。月曜日なので美術館などは休みでありモスクワ動物園も休みである。定番の散歩道をまた歩いてみることにしたい。
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トヴェルスカヤ通りを南東に向かって歩くことにする。
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凱旋広場に立つ革命詩人のマヤコフスキーの像。
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マヤコフスキー(Влади́мир Влади́мирович Маяко́вский 1893~1930) はソ連崩壊後はかつての人気と評価が低下してしまった詩人である。
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私は彼の作品は嫌いではない。


Маяковский. Последняя любовь, последний выстрел. 2013. Особая Папка.

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この凱旋広場にはモスクワを代表するコンサートホール(チャイコフスキー記念ホール)がある。
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右折してボリシャヤ・サドーヴァヤ通りに入ることにする。
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ここに作家ブルガーコフの住んだ住居がある。
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ここから入っていく。
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ブルガーコフの家博物館 (Музей - театр "Булгаковский Дом")である。
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そしてブルガーコフ博物館 (Музей Михаила Булгакова)である。この二つについては2015年の投稿でご紹介している(モスクワのブルガーコフ博物館を訪ねて ~ 「原稿は燃えない «Рукописи не горят»」)。ブルガーコフは現在に至るまで私にとっては非常に苦手な作家であり続けている。


Михаил Булгаков. Проклятие мастера

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もう一度トヴェルスカヤ通りに戻って散策を続ける。
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今まで気がつかなかったプレートに初めて気が付いた。
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往年のソ連の偉大なテノール歌手であったセルゲイ・レメシェフ (Сергей Яковлевич Лемешев 1902~1977) が晩年を暮らした家である。


レメシェフの歌うチャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』のレンスキーのアリア ("Я люблю вас, Ольга")
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プーシキン広場にやってきた。
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地下道を歩いてトヴェルスカヤ通りの反対側に渡ることにする。
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ロシアの国民的詩人であるプーシキン (Александр Сергеевич Пушкин 1799~1837) の像。
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(May.28 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-29 05:00 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場、ベラルーシ駅付近を歩く

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ホテルからすぐそばのトヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場に立つ文学者のマクシム・ゴーリキー (1868~1936) の像である。
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彼はその晩年、ソヴィエト権力、特にスターリンによって利用されてしまった文学者であるが、その最期は毒殺された可能性が非常に高いとされている。要するに権力による謀殺ということになる。スターリン時代の暗黒の歴史に真実は沈殿しているのである。
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トヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場は、ある種とても殺風景な場所である。
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ビルに挟まれて教会がある。スヴャチチェリャ・ニコリ・チュドトヴォルツァ教会 (Храм Святителя Николы Чудотворца) である。
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この教会が建設されたのは1914年のことらしい。ロシア革命が迫った時期のことだった。
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このビルのに囲まれた教会を見渡すようにゴーリキーの像は立っている。
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ベラルーシ駅(Белорусский вокзал) である。ベラルーシ、ポーランド、チェコへの列車が発着する。
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こういった駅のある場所はどこも雑然としている。特にロシアはそうである。
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少しモスクワで休息したい。毎日の活動量が多すぎて疲れてしまった。

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(May.27 2018 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-28 05:00 | 異国旅日記

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