街、雲、それからホッキョクグマ ~ Polarbearology & conjectaneum


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ドンスコイ修道院 (Донской монастырь) を訪ねて

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モスクワ南部のドンスコイ修道院 (Донской монастырь/Donskoy Monastery) にやってきた。
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この修道院は16世紀末にその起源があるそうだ。
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中心にあるのがこの大聖堂だ。
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私は宗教建築についてはよく知らないがロシア正教の建築物は何か暖かさを感じさせる。
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私がここに来た目的は修道院そのものではなく墓地のほうである。1930年代にスターリンの粛清のために銃殺された人々の遺体はこのドンスコイ墓地にまとめて捨てられたそうである。
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ここが墓地の入り口である。
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中をいろいろと歩いてみたが、一体どの場所に遺体が捨てられたのかなどを示すような標識は見た当たらなかった。場所が特定できるようなものではないのだろう。ともかくこの墓地の敷地のどこかにメイエルホリド、トゥハチェフスキー元帥、杉本良吉らの遺体は捨てられたということである。
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この国の歴史は過酷である。背中にぞっとする寒さを感じただけでもこの墓地に来た甲斐はあった。

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(May.30 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-31 05:00 | 異国旅日記

モスクワ動物園のウランゲリ (Белый медведь Врангель)、その「偉大な時代」への讃歌

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ウランゲリさん、こんにちは!
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このウランゲリは27歳になっているがレニングラード動物園のメンシコフ亡き後、ロシアのホッキョクグマ界の雄(オス)の頂点に立っていることは間違いない。
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その彼もシモーナという彼にとっては最高のパートナーがヴォロコラムスク附属保護施設に移ってからは実質上はパートナーのいない形になっている。ムルマはいるものの、彼にとっては相性の良くない相手なのである。
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彼に深く同情したくなってくる。彼は今までモスクワ動物園におけるホッキョクグマの繁殖に大いに貢献したのである。
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彼の性格的な優しさや人間に対する信頼感はモスクワ動物園のスタッフが大いに賞賛している。
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そういったことは彼の行動や表情でよく伝わってくるのである。
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彼はまだまだ元気であるが「ウランゲリの時代」というものは終わりつつあることは間違いない。残念な話ではあるが、しょうがない。
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ウランゲリはモスクワ動物園で一時代を築いた名ホッキョクグマとして記憶さrてることになるだろう。そして私は彼の時代を10年ほど体験できたのはありがたい話だった。
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なにしろ私は旭川で彼の息子であるイワンに会った回数よりもモスクワで彼に会った回数の方が多いくらいである。
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ウランゲリさん、お元気で!
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(May.29 2018 @モスクワ動物園)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 05:00 | 異国旅日記

モスクワ動物園のムルマ (Белая медведица Мурма) の初夏の日の憂鬱

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ムルマさん、こんにちは!
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ペレジェルキノから戻って午後にモスクワ動物園にやってきた。
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相変わらずムルマ(左)とウランゲリ(右)は昼寝をしている。
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ウランゲリはあまり顔を上げないがムルマは時々顔をこちらに向ける。
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このムルマは微妙な立場に置かれている。
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モスクワ動物園が繁殖可能年齢を過ぎた個体を地方都市の動物園に移動させてそこで余生を送らせる可能性を示しているからである。それが実現するとすれば彼女には不本意な話となるだろう。
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彼女をモスクワ動物園で見られなくなる日は近いのかもしれない。
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しかしすでに繁殖からは引退させられてしまったシモーナが一般来園者には基本的に非公開であるヴォロコラムスク附属保護施設に移動させられてしまったことと比較すれば地方の動物園に移動するとはいっても、そこで会うことが可能となるのはむしろありがたい話なのかもしれない。
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ムルマさん、お元気で!
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(May.29 2018 @モスクワ動物園)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 04:30 | 異国旅日記

パステルナークの家博物館 (Дом-музей Пастернака) を訪ねて ~ ペレジェルキノでの回想

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雲一つない快晴の日、午前中にモスクワから車を飛ばしてペレジェルキノ村にやってきた。
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作家・詩人であるボリス・パステルナーク (Борис Леонидович Пастернак 1890~1960) が1936年から彼の死の1960年まで住んだ家を訪ねるためである。ここは「パステルナークの家博物館 (Дом-музей Пастернака) 」として公開されている。
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何を隠そう、このパステルナークは私にとってはロシア文学で最も好きな文学者である。この「パステルナークの家博物館」は11時にオープンなので到着した時にはまだ開いていなかった。今日はモスクワのクトゥーゾフ大通りを猛スピードで運転してきたのでホテルから僅か25分でここに到着してしまった。
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パステルナークといえばやはり「ドクトル・ジヴァゴ (Доктор Живаго)」が代表作である。この作品で彼は1958年にノーベル文学賞受賞者として発表されたがソ連当局の圧力で辞退を余儀なくされた。
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彼はそのわずか二年後の1960年にこの住居で病死している。
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「ドクトル・ジヴァゴ」がソ連で刊行されたのはゴルバチョフ時代の1987年になってからのことだそうである。
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パステルナークはこの住居で愛人であるオリガ・イヴィンスカヤ (Ольга Всеволодовна Ивинская 1912~1995) と暮らしていた。ちなみに、彼女の回想である「パステルナーク詩人の愛」という本はなかなかおもしろい。


Борис Пастернак и Ольга Ивинская

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この「パステルナークの家博物館」は内部の写真撮影は自由だそうで非常にありがたい。
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ピアニストのスタニスラフ・ネイガウス (Станисла́в Ге́нрихович Нейга́уз 1927~1980) は自身の母親であったジナイーダと共に幼少期をパステルナークと共に過ごしているが、それはジナイーダが自分の夫であった有名なゲンリフ・ネイガウス (Генрих Густавович Нейгауз 1888~1964) を捨ててパステルナークに走ったからである。ちなみにこのゲンリフ・ネイガウスはリヒテルやギレリスといったソ連の巨匠たちの師匠であった非常に著名なピアニスト・教育者である。さらにスタニスラフはその自身の晩年をこのペレジェルキノのパステルナークの家で過ごしており、そしてなんと彼も1980年にやはりこのペレジェルキノのパステルナークの家で亡くなっている。それはパステルナークの死から20年後のことであった。ちなみにスタニスラフ・ネイガウスはあのスタニスラフ・ブーニンの父親である。
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スタニスラフ・ネイガウスは勿論のことスヴャトスラフ・リヒテルもこの部屋でこのピアノを弾いたそうである。
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ここはパステルナークの書斎だが机は当時のものではないだろう。
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二階の部屋の窓からの風景。
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これはパステルナークの亡くなった部屋である。左端のソファーにも見えるベッドで彼は亡くなったそうである。
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小鳥のさえずりだけが聞こえる。それは多分彼が亡くなった1960年5月も同じであったろう。明日5月30日はパステルナークの命日である。


Ист. Хроники: 1958 - Пастернак и Стрельцов


Борис Пастернак. Будем верить, жить и ждать - Документальный

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このあたりは秋に来るのも独特の雰囲気があって素晴らしいかもしれない。
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静寂の支配するペレジェルキノ村である。

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(May.29 2018 @モスクワ郊外・ペレジェルキノ村)
by polarbearmaniac | 2018-05-30 04:00 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ通りで出会う文学者、音楽家たちの記憶(2)

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プーシキン広場からさらに南東に歩く。歴史あるエリセーエフスキーの食料品店である。
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エリセーエフスキーの食料品店の上階にソ連時代の作家のニコライ・オストロフスキー (Николай Алексеевич Островский 1904~1936年12月22日)が住んでいたことを示すプレートがある。彼の代表作が「鋼鉄はいかに鍛えられたか」であるが、実につまらない作品である。


Загадочная жизнь Николая Островского

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ソ連時代に有名だったホテル・ルックス (Гостиница «Люкс»)は依然として修復工事が止まったままである。もう数年前からこういうカバーをかけられた姿である。ここはコミンテルンの外国人宿舎だった。 ホー・チ・ミン、周恩来(中国首相)、リヒャルト・ゾルゲ、片山潜なども滞在していた。
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そういったカバーの隙間から見えるこの建物はまさに歴史的存在なのだ。
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そしてカメルゲルスキー横町である。コンスタンチン・スタニスラフスキー (Константин Сергеевич Станиславский) とヴラジーミル・ネミロヴィチ=ダンチェンコ (Владимир Иванович Немирович-Данченко) の像がある。この二人の演出家はモスクワ芸術座を結成し、ロシアにおけるリアリズム演劇を確立した。
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これがチェーホフ記念モスクワ芸術座である。
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さて、今回初めてカメルゲルスキー横町で「発見」したのがこの建物である。これは作曲家のセルゲイ・プロコフィエフ (Сергей Сергеевич Прокофьев 1891~1953)が晩年 (1947~1953) に住んでいた住居である。
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ここがプロコフィエフ博物館 (Sergei Prokofiev Museum) として2016年にオープンしていたのである。私は知らなかった。今日は月曜日なので閉館日だ。
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彼は1953年3月5日、つまりスターリンの死んだ同じ日に亡くなっている。


Документальные фильмы - Сергей Прокофьев

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トヴェルスカヤ通りの反対側にはブリューソフ小路に入るアーチがある。
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演出家のメイエルホリド(Всеволод Эмильевич Мейерхольд 1874~1940)が逮捕されるまで住んでいた住居があって博物館になっている。もう何度も来た場所である。彼がモスクワに来る前に住んでいたのはペンザであり、そのペンザの住居については「ペンザの「メイエルホリドの家 (Дом Мейерхольда) 記念館」を訪ねて ~ 粛清の犠牲者の記憶」という投稿を御参照頂きたい。


Документальный фильм о режиссёре В.Э. Мейерхольде

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ブリューソフ小路をさらに進むと16世紀に起源のあるウスペンスキー・ヴラジェク復活教会 (Храм Воскресения Словущего на Успенском Вражке) がある。
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ソ連時代でも活動していた教会だそうである。
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この教会のすぐそばにチェリストのムスティスラフ・ロストロポーヴィチ (Мстислав Леопольдович Ростропович 1927~2007)の像が立っている。これは比較的最近になって建てられたはずである。


Rostropovich - The Genius of the Cello (BBC)

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ブリューソフ小路を戻ってアーチをくぐりトヴェルスカヤ通りに戻る。
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トヴェルスカヤ通りはこのホテル・ナショナル(ナツィオナーリ)で終わる。このホテルは私は何回か宿泊しているが、素晴らしいホテルである。建物が歴史的建築物であり場所も最高である。またこのホテルに宿泊してみたくなってきた。

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(May.28 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-29 05:30 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ通りで出会う文学者、音楽家たちの記憶(1)

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今日のモスクワは暑くもなく寒くもなく快適な気温に加えて空は快晴である。月曜日なので美術館などは休みでありモスクワ動物園も休みである。定番の散歩道をまた歩いてみることにしたい。
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トヴェルスカヤ通りを南東に向かって歩くことにする。
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凱旋広場に立つ革命詩人のマヤコフスキーの像。
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マヤコフスキー(Влади́мир Влади́мирович Маяко́вский 1893~1930) はソ連崩壊後はかつての人気と評価が低下してしまった詩人である。
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私は彼の作品は嫌いではない。


Маяковский. Последняя любовь, последний выстрел. 2013. Особая Папка.

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この凱旋広場にはモスクワを代表するコンサートホール(チャイコフスキー記念ホール)がある。
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右折してボリシャヤ・サドーヴァヤ通りに入ることにする。
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ここに作家ブルガーコフの住んだ住居がある。
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ここから入っていく。
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ブルガーコフの家博物館 (Музей - театр "Булгаковский Дом")である。
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そしてブルガーコフ博物館 (Музей Михаила Булгакова)である。この二つについては2015年の投稿でご紹介している(モスクワのブルガーコフ博物館を訪ねて ~ 「原稿は燃えない «Рукописи не горят»」)。ブルガーコフは現在に至るまで私にとっては非常に苦手な作家であり続けている。


Михаил Булгаков. Проклятие мастера

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もう一度トヴェルスカヤ通りに戻って散策を続ける。
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今まで気がつかなかったプレートに初めて気が付いた。
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往年のソ連の偉大なテノール歌手であったセルゲイ・レメシェフ (Сергей Яковлевич Лемешев 1902~1977) が晩年を暮らした家である。


レメシェフの歌うチャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』のレンスキーのアリア ("Я люблю вас, Ольга")
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プーシキン広場にやってきた。
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地下道を歩いてトヴェルスカヤ通りの反対側に渡ることにする。
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ロシアの国民的詩人であるプーシキン (Александр Сергеевич Пушкин 1799~1837) の像。
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(May.28 2018@モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-29 05:00 | 異国旅日記

トヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場、ベラルーシ駅付近を歩く

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ホテルからすぐそばのトヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場に立つ文学者のマクシム・ゴーリキー (1868~1936) の像である。
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彼はその晩年、ソヴィエト権力、特にスターリンによって利用されてしまった文学者であるが、その最期は毒殺された可能性が非常に高いとされている。要するに権力による謀殺ということになる。スターリン時代の暗黒の歴史に真実は沈殿しているのである。
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トヴェルスカヤ・ザスタヴァ広場は、ある種とても殺風景な場所である。
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ビルに挟まれて教会がある。スヴャチチェリャ・ニコリ・チュドトヴォルツァ教会 (Храм Святителя Николы Чудотворца) である。
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この教会が建設されたのは1914年のことらしい。ロシア革命が迫った時期のことだった。
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このビルのに囲まれた教会を見渡すようにゴーリキーの像は立っている。
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ベラルーシ駅(Белорусский вокзал) である。ベラルーシ、ポーランド、チェコへの列車が発着する。
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こういった駅のある場所はどこも雑然としている。特にロシアはそうである。
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少しモスクワで休息したい。毎日の活動量が多すぎて疲れてしまった。

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(May.27 2018 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-28 05:00 | 異国旅日記

ペルミからモスクワへ ~ マリオット・トヴェルスカヤ・ホテル にチェックイン

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ペルミの空港にやってきた。昨年秋にオープンした新ターミナルビルである。
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ロシアではどの空港ターミナルビルに入るのにもまず最初の保安検査がある。実にばかばかしい話である。
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ターミナルビルはなるほど新しくはなったが本質的にはソヴィエト時代の発想である。サービス的発想などなるでない。
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これからアエロフロート便にてモスクワのシェレメーチェヴォ空港に向かうことにする。
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機材はA320である。
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座席の窓から古いターミナルビルが見える。この古いビルこそ私にとってはアンデルマを訪ねて今まではるばるペルミにまでやってきた思い出に分かちがたい形で結びついている。
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いよいよ離陸である。モスクワまでの飛行時間は約二時間である。
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カマ河が見える。さようならペルミ.....!
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エコノミークラスはいつも同じサンドイッチ。アエロフロートはS7航空よりもビジネスクラスとエコノミークラスの差が大きい。
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モスクワ付近まで飛行してきた。
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到着したのはなんと過去と同じターミナルDだった。出発便だけがターミナルBということらしい。このあたりがややこしいところである。
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今回のモスクワの宿泊先はモスクワ・マリオット・トヴェルスカヤ・ホテル (Moscow Marriott Tverskaya Hotel) である。今回は定宿のホテル・メルキュール・アルバートと違った場所に滞在するのも悪くないと思ったからだ。ホテルのランクはこのモスクワ・マリオット・トヴェルスカヤ・ホテルのほうがホテル・メルキュール・アルバートよりも上である。モスクワで一番通行量の多いトヴェルスカヤ通りの入り口ではなく裏側の閑静な場所の入り口から入ることにする。
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さすがに落ち着いた感じのよい部屋だと思う。
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これがこのホテルのトヴェルスカヤ通り側の正面口である。
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ペルミでは連日非常に気温が低くマフラーをして歩いていたが、ここモスクワは暖かくてシャツ一枚である。同じロシアでもウラル地方とこことではかなりの気候差がある。

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(May.27 2018 @モスクワ)
by polarbearmaniac | 2018-05-28 03:00 | 異国旅日記

ペルミ動物園訪問二日目 ~ アンデルマより薫陶を受けたセリクとミルカ(ユムカ)への声を限りの声援

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セリク君、おはようございます! 今日もよろしくね!
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ミルカ(ユムカ)さん、今日もよろしくお願いいたします!
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現在5歳のこの雌(メス)のミルカ(ユムカ)はカザン市動物園時代、そしてペルミ動物園に移動してから最初のうちは非常に気の強い性格であることを周囲に発散していた。
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ところがこのミルカ(ユムカ)はペルミ動物園で偉大なアンデルマより薫陶を受けるに従って冷静で寡黙なホッキョクグマへと大きな変化を遂げた。
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今やこのミルカ(ユムカ)はロシアのホッキョクグマ界で最も期待される若年個体の一頭となっている。
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「生みの親(マレイシュカ)よりも育ての親 (アンデルマ)」という言い方がこのミルカ(ユムカ)の性格を考える場合に最もふさわしい。
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この雄(オス)のセリクも現在5歳である。彼は野生孤児の出身であり性格的には幾分神経質なところがありそうである。
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しかしセリクは昨年、完全に繁殖能力が証明されたので彼がこれからロシアのホッキョクグマ界で果たす役割は重要になるだろう。


果物をもらうセリク - Serik the Polar Bear, getting fruits at Perm Zoo, Russia, on May.26 2018.

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今年の二月に亡くなったアンデルマがこの若い二頭のホッキョクグマの成長に関して、いかにその果たした役割と功績が大きかったかを今更ながら感じるのである。
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アンデルマは通常のホッキョクグマという枠を遥かに超えた、まさに別格の存在だった。それは以前にペルミ滞在中に記した「アンデルマ、その超絶的な偉大さ ~ 「君死にたまふことなかれ」を超えた絶対的、普遍的な母性」という投稿で述べた通りである。
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アンデルマがあまりに素晴らしいホッキョクグマだったから、彼女に会うためにわざわざこのロシアの地方都市のペルミまで何度も何度も足を運んだのである。しかもここは日本からは4~5万円程度の出費で来られるような場所ではない。毎回かなりの出費を覚悟せねばならないが、そういったことは大した問題ではないほどに彼女に会うことは特別な体験であったのだ。
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アンデルマに最初に会った2010年から昨年の2017年まで、私はこの場所で彼女の存在に魅了され続け、そして同時に多くのことを教わった。
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一度アンデルマに会うと、その後も何度も何度も彼女に会いたくなってくるのだ。その彼女もとうとう今年の2月に亡くなってしまった。しかし私はアンデルマによって薫陶を受けたセリクとミルカ(ユムカ)を応援するために、私自身の健康が許す限り今後もペルミにやってきたいと思っている。それが私のアンデルマに対するせめてもの恩返しだからである。
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セリク君、お元気で! また必ず会いに来ますのでよろしくお願いいたします!
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ミルカ(ユムカ)さん、是非元気な赤ちゃんを期待しています。お元気で!
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アンデルマさん、安らかに眠ってください....!
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(May.26 2018 @ロシア・ウラル地方、ペルミ動物園)

(過去関連投稿)
ロシア・ペルミ動物園のアンデルマ逝く ~ 偉大なるホッキョクグマ、永遠の存在となって輝く
ロシア・ペルミ動物園のアンデルマの死亡に関する同園よりの公式発表は、なされない模様
ロシア・ペルミ動物園、アンデルマの死を公式に発表する ~ "Спи спокойно наша Ама !"
by polarbearmaniac | 2018-05-27 02:00 | 異国旅日記

ペルミ動物園でのセリクとミルカ(ユムカ)との再会 ~ 寂しさが漂うアンデルマの不在

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ペルミ動物園にやってきた。十ヶ月ぶりである。
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この十ヶ月間にペルミ動物園では大きな変化があった。それはアンデルマの死である。
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そうして残されたのがアンデルマが後見役を務めていたセリクとミルカ(ユムカ)の若年ペアである。
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ミルカ(ユムカ)さん、こんにちは!
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セリク君、元気で暮らしていますか?
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この二頭は母親代わりで後見役であったアンデルマの亡くなったあと、いったいどういう変化が生じているだろうか?
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セリクは本当に立派に成長した。私は2013年9月にこのセリクが野生孤児としてベルィ島で保護されたあとペルミ動物園に入園して間もない時期に彼に会っているが、彼の成長は非常に順調だった。そこにアンデルマの大きな貢献をみるのが正しいだろう。
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このミルカ(ユムカ)も私には思い出が深い。彼女がカザン市動物園で母親であるマレイシュカと同居した最後の日に私はようやくカザンに駆け付けてマレイシュカとミルカ(当初の名前はユムカ)の親子の最後の姿をしっかりと目の奥に刻み付けた。その彼女がペルミ動物園に移動してきてやはりアンデルマに影響を受けて性格的にも温和になったというのは驚きでもある。
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さて、今日は金曜日だったにもかかわらずホッキョクグマに活魚のプレゼントがあった。
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あまりうまく撮影できなかったが以下がその様子である。


セリクとミルカ(ユムカ)に活魚のプレゼント - Treat of live fish for Serik and Milka (Yumka) the Polar Bears at Perm Zoo, Russia, on May.25 2018.

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飼育員さんがセリクに何かを与えている。これは彼の好物らしい。


セリクに好物のプレゼント - Special treat to Serik the Polar Bear at Perm Zoo, Russia, on May.25 2018.

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ミルカ(ユムカ)は比較的そういったものには興味はないらしい。
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ペルミ動物園では現在、ホッキョクグマ飼育展示場の横の部分で地下の配管工事が行われていて南側の部分が立ち入り制限となっている。
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ミルカ(ユムカ)は最近このお立ち台のような傾斜のあるスロープの上に登るのが好きらしい。
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ミルカ(ユムカ)に今年の年末に再び出産があるかどうかは注目せねばならない。ただし彼女は昨年の7月と比較すると少し運動量が多い気がするのである。彼女は昨年11月に出産はしたものの赤ちゃんは食害で成育しなかった。
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アンデルマのいない動物園は非常に寂しい。彼女はあまりにも偉大な存在だった。
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非常に気温が低いペルミである。
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体感温度は4~5℃といった感じである。ホテルの部屋にも暖房が入っている。

(*追記)
このペルミ動物園のホッキョクグマ飼育展示場は写真撮影が非常に難しい場所である。手前にフェンスがあり、そして奥には格子がある。ここでそういったものの影響を最小限にしてホッキョクグマたちを撮影しようとすると、やはり顔のアップが主体にならざるを得ない。そこで飼育員さんにカメラ(SONY RX10M4) を渡して格子とフェンスの間の部分から写真を撮ってもらった。まずその様子を映像でご紹介しておく。音声はonにしていただきたい。



SONY RX10M4 を使用してセリクとミルカ(ユムカ)を撮影するペルミ動物園の飼育員さん - The keeper of Perm Zoo, taking pictures of Serik and Milka(Yumka) the Polar Bears with SONY RX10M4, on May.25 2018

この時の写真のうちの三枚が以下である。
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やはり手前のフェンスを突破するだけでこのような障害物のない写真が撮影できるということだ。

SONY DSC-RX10M4
Panasonic HC-W870M
(May.25 2018 @ロシア・ウラル地方、ペルミ動物園)
by polarbearmaniac | 2018-05-26 03:00 | 異国旅日記

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